エッジを手にする

根本的にまちがっている人について前回書いた。昔の私のことだ。テクニカル分析の勉強と検証を何千時間もやったし、それ用のプログラミング言語を覚えてシステムトレード的なバックテストもずいぶんやった。 1 日 4 時間くらいの睡眠でそんなことを 2 年くらい続けて、腰を壊しもした。

そういう努力がまったく無駄だとは思わないし、その期間にプラス収支を出せるようにはなった。ただ、それは分析技術や相場勘を身につけたからではない。そういうものだけを追い求めていると、奥へ奥へと迷い込む危険がある。

前回出したコイン投げでエントリーする例にもどる。あの例の場合でエッジを持つためには、ルールを変える必要がある。 5 割を超える勝率を出すためにエントリーの方法を変えたり、リスク・リワード比を改善するために利確と損切りの数値を変えたりといったことだ。(スプレッドの不利を縮小するために、利確と損切りをどちらも遠ざけてエントリー回数を減らすというのも決定的ではないが有効な方法だ。)

たとえば、サポートとレジスタンスという概念を取り入れてエントリーのルールを変更したとする。もしその変更で勝率が 5 割を上回ったのなら利益が残る。あなたはエッジを持ったのだ。単純で当たり前のことなのだが、エッジとはそういうことなのだ。

勝ちと負けが混在するなかで、全体を見ると利益が損失を上まわっている。これがエッジを持った状態だ。負けは当たり前に存在する。個々の賭けが集まった雲として結果を見る。そのためには確率論的な世界観と一貫性を持たなければならない。というより、それらを身に付けるためにこそ、さきほどの例のようにトレードを考えるのだ。

まずは確率論的な世界観。これを骨身に叩き込んでから分析技術。この順番が逆になると、本当に苦労する。で、確率論的な世界観を身に付けるには、まずは自分の一貫性を保つことだ。一貫性がない行動をしていては確率もくそもない。

たとえば、ダマシにやられて悔しくて、次はやられまいとその原因をさがす。そしてそれを見つけたつもりになって次は別の方法でエントリーする。こういうのは最悪だ。一貫性と縁を切ってしまっている。

一貫性のないそんな努力を続けていても、どこにも辿りつけない。まずは仮説を立てて、過去データでそれを検証して、そして少ない枚数で気楽に試行。これがやっぱり有効だ。トレードで勝っている人のほとんどが言う当たり前のことなんだけど、負けてる人はこういう当たり前のことを実行できない。上手くやろうと裁量でドタバタやって延々負け続けてるような奴は、後ろ向きに進んでいるだけだ。やればやるほど一貫性と確率から離れていってしまう。負けを受け入れないとエッジは獲られない。

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