受け入れる

ひとつ前の記事が舌足らずな内容になってしまったので補足しておく。

「トレードで不確実性を受け入れるためには、人生でそれを受け入れる努力をし続けるしかない」と結んだが、まず必要なのはタレブが言うように「どうやって実行するか」を工夫することだ。

トレードの場合、確率論や不確実性を受け入れるためには、 1 回 1 回の結果に意味づけをしないことが必要になる。損切りになろうが利確になろうが、その 1 回の結果に意味を持たせてはだめだ。長くやってりゃ分かるが、どっちになるかなんてけっきょくは事前にはわからないんだから。

それを、 1 回損切りになったり 1 日マイナス収支になったからって精神的に悶えるようなトレードをしていては、いつまでたっても見込みはない。しかし、そういうタイプの人が精神的に悶えないためにする努力は、これから先の「この 1 回」で損しないために研究することだったりする。もちろんそんな方法なんて存在しないから、またすぐに精神的に悶えることになる。努力の方向がまちがっているのだ。

たとえば、損切りになった後のトレードでエントリーや手仕舞いが乱れるっていうのは 1 回の結果に意味づけをしてしまっているわけで、絶対に改善しなければいけない。でも、「損切りの後でも精神を乱さない」っていう決心ではどうにもならない。そこをルールで工夫するのが「どうやって実行するか」の部分だ。そのルールにはデメリットもあるだろうが、とにかくそこを工夫する。

で、そのルールのデメリットだとか、ルール通りやっていて損失が続くとき(当然あり得る)だとか、受け入れなければしょうがないもろもろってのはあるわけで、それを受け入れるためには実生活での努力も必要になる。個人的にはそうだった。

急いでいるときに赤信号に引っかかったり、セットアップが整いつつある大切な場面で来客があったり、そんな無数にあるいろいろなことを楽しむようにしていたら、トレードでのいろんなできごとも受け入れやすくなっていった。逆もまた然りで、トレードでのいろんなできごとを受け入れるための工夫を続けているうちに、実生活でのいろいろなことも楽しみやすくなってきた。

いくらテクニカル分析を研究しても、いくらテクニカル指標の検証をしても、いつまでも負け続けている人はいっぱいいる。利益を上げていくっていうのは、そういうこととは違うことだ。儲け方ってのは予測とは違った技術だからだ。

そしてさらに、確率論の世界で生きるためにはじつは資金管理こそが最重要事項なんだけれども、これはまた別の機会に書く。

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