「あたらしいぱぱがきたらいいのにねえ」と言われた。
「このパパはどうなるの ? 」と問い返したら、「よるにぴんぽーんってなって、あたらしいぱぱがきたらたのしいだろなあ」という返事が。
こわいよ。
『戦争と平和(二)』トルストイ 工藤精一郎訳(新潮文庫)、読了。
『そうだ、これがあの樫の木だ』とアンドレイ公爵は思った、するとふいに理由もなく、喜びと更正を告げる春の声が彼の心を目ざめさせた。( 250 頁)
あいかわらずおもしろいんだけど、アンドレイ公爵の精神と生活が隠遁から活動へと変化する重要な瞬間を描くにしては、このあたりはあまりに陳腐だと思う。
もちっとなんとかなんなかったのかしら。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
『生きもの観察図鑑 身近な昆虫』松原巖樹(旺文社)。
虫が苦手なボクにとって、これを読まされるのは苦行だ。
『戦争と平和(一)』トルストイ 工藤精一郎訳(新潮文庫)、読了。
人間の悪の根源は二つしかない、それは怠惰と迷信だ、また美徳も二つしかない、それは活動と知力だというのが、彼の持論だった。( 172 頁)
なぜだかこんなもんを読み直しはじめちまった。
止められないおもしろさ。
さすがに読ませる。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
ママとその友だちと 3 人で遊覧船に乗ってきた。
「おふね、ゆれんかったよ」だって。
馬券は 5 戦 1 勝で 16 万円のマイナス。
『対談 競馬論』寺山修司 虫明亜呂無(ちくま文庫)、読了。
寺山 単勝を買う思想というのは、一口で言えば英雄主義です。( 13 頁)
ロマン主義といいかえてもいいけれども。
とことんまで考え抜かずに確率論的に買ってても儲かるという怠惰で楽な馬券でもあるんで、いまやもうこればっか。
寺山 そう。単勝の馬券を買う人は結局、馬券を買うんじゃなくて、自分を買っている。( 29 頁)
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
馬券は 4 戦全敗で 12 万円のマイナス。
『大西巨人文選 2 途上 1957-1974 』(みすず書房)。
(…) 未完成の姿でそこにあるにせよ、完成の像でかなたに想定せられるにせよ、「一夫一婦制を基調とする家庭道徳」は、それがそんなふうに呼ばれるに値する物である限り、そこに「凡俗な」というような修飾語の介入を決して許さぬのである。それは、現在の人間男女にとっては全うするに難く今日の社会にとっては確立するに難い非凡優雅な倫理ではないか。 (…) ( 180 頁)
新鮮なまでの正論。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
『パパとおさんぽ』よこやま みなこ作・絵(鈴木出版)。
こういう本をよろこんで読んでくれてるのは、パパとしてうれしい。
よくふたりでさんぽするしね。
あと、地図的な楽しみかたもしてた。
『大西巨人文選 2 途上 1957-1974 』(みすず書房)。
(…) こうして彼自身が宣戦布告をした無法悲惨な戦争の責任からはもとより、将来にかけて一切の責任から解除せられた一人物、それにしても日本の国民ではない不思議な一人物、一個の責任無能力者が、「日本国の象徴」、「日本国民統合の象徴」となっているのである。( 136 頁)
責任の所在を明確にしない "謝罪" などありえない。
それにしても《責任無能力者》というのはいい。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
『大西巨人文選 2 途上 1957-1974 』(みすず書房)。
血友病およびその患者は、ドロシー・セイヤーズ作『屍体を探せ』において、同作品成立の基本的要件であるにもかかわらず、ついに「事件展開のための単なる絡繰り道具」以上の意味を与えられていない。人世の重大な出来事(ここでは稀有の難病およびその患者)にたいするこの種の取り扱いが、総じて小説上通俗の主要な徴表の一つである。( 76 頁)
"通俗" という言葉の風化につれて、この手の "通俗" 小説が増えてきてる。
架空の病気や能力まで編み出しつつ。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
『きみのうち、ぼくのうち』ヤン・ホアン文 ホアン・シャオイェン絵 中由美子訳(岩崎書店)。
なんでだか、けっこう好きみたいなんだよな。
『司馬遼太郎が考えたこと エッセイ 1983.6 ~ 1985.1 12 』司馬遼太郎(新潮社)、読了。
怠惰な気分のとき、司馬遼太郎は楽で。
全集も何回か読んでる。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
『キルケゴール著作集 9 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(下)」杉山好・小川圭治訳、読了。
同書読了。
(…) 生まれながらの偽善者はなかなか見当たらないように、もともと良心をもち合わせていない人間というものもあまり見かけない。だが悪賢い良心というものはめずらしくない。 (…) ( 350 頁)
自分の良心を自分で感じるとき、それは免罪符にしかならない。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
『キルケゴール著作集 9 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(下)」杉山好・小川圭治訳。
(…) 逆説は、キリストが、苦しみをうけるために、この世に来たということである。 (…) ( 350 頁)
そのようなものは他にはだれもいない。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
きょうは昼の動物園へ。
入ってすぐのベンチでお弁当を食べる。
怖いみたいで、そのあとなかなか先へすすもうとしない。
歩いて行っては戻っての繰り返し。
無理に連れてって嫌な記憶がのこるといけないので、気長につきあうことに。
お弁当をたべたベンチからは象やキリンが遠くに見える。
「象さん、まっててくれてるなあ」なんていってるうちに好奇心が出てきたのか、入園 1 時間後、ようやく最初の檻へ。
急がさなかったのがよかったのか、こないだの夜の動物園のときとちがって、ひとつひとつの動物をじっくり見てる。
熊とか虎とかライオンとか、見たくないといってた動物もそれを忘れたようにじっと見てる。
きょうはぜんぶの動物を見たね。
さあ帰ろうか。
と思ったら、「とら、もいっかいみる ! 」だって。
虎さん、遠いよ。
「もいっかいみたい」。
それならというので戻りはじめたら、「ぱぱ、だっこ」。
自分がいきたいって言ったくせに。
しょうがないのでだっこして虎さんのところへ。
車が走り出したら、とたんに寝ちゃった。
馬券は 4 戦 1 勝で 48 万 4 千円のプラス。
『キルケゴール著作集 9 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(下)」杉山好・小川圭治訳。
(…) 子供を罪人とする厳密にキリスト教的な理解は、子供の年齢というものにはなんの優先権もみとめない。なぜなら子供は罪意識をもだず、したがって罪意識をもたぬ罪人だからである。 (…) ( 350 頁)
子供のもつ純真や無垢を大人が学ぼうとしてはならない。
それは宗教性においてはなんら高度なものではなく、したがってそれを持つことはキリスト者となるための条件ではまったくないのだから。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
『ちいさなおばけ』すどうめぐみ作 スドウピウ絵(学習研究社)。
読み終わったあとで「ぱぱ、おばけとちがうかったなあ、にんげんやったなあ」と何度も確認してくる。
怖いんだね。
だけどおばけが好きなんだよな。
馬券は 2 戦 2 敗で 6 万円のマイナス。
『キルケゴール著作集 9 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(下)」杉山好・小川圭治訳。
この歴史的事象とは、《神》すなわち永遠が、ある一定の時点にひとりの〔単独の〕人間となったということである。( 328 頁)
キリスト教だけが持つ絶対矛盾。
(…) 人間は、その可能性によれば永遠であり、時間のなかにあってそのことを意識している。これは内在の内部における矛盾である。しかしその本質からみて永遠なる者が時間のなかに生成し、生まれ、成長し、死ぬというのは、あらゆる思考との断絶である。( 330 頁)
前者の矛盾からは《宗教性 A 》までしか生まれない。
《宗教性 B 》は後者との絶対的なかかわりにおいてある。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
『キルケゴール著作集 9 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(下)」杉山好・小川圭治訳。
(…) イロニカーは、他人のご機嫌をとりむすんでなにかを滑稽に仕立てて見せる道化師とは反対に、みずから喜劇性を楽しむ人間である。 (…) ( 241 頁)
優しく笑ってあげられる態度をフモールという。
(…) イロニカーはまさしく自分自身を主張するので、ある状況が生ずるのを妨げるのであるが、フモリストの隠された悲しみは共感をうちに含んでおり、それによって彼はみずから状況をつくるのに参与するのだし、またそれによってイロニー的な状況というものが可能になるのである。 (…)( 286 頁)
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
読んだことを忘れて同じ本をまた買うという失敗をふせぐために、今日からは読んだ本は原則としてすべてここに記録することにしよう。
脂気のなさがいいほうに出ていて。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
このサイトのデザインをいまのかたちにしてからもう 5 年以上たつんだな。
非推奨の要素をたくさん使ってるんで、そろそろなおしたい。
『あっ おちてくる ふってくる』ジーン・ジオン文 マーガレット・ブロイ・グレアム絵 まさき るりこ訳(あすなろ書房)。
「おちてくる」「ふってくる」、そんな現象を感覚的につかませてくれる絵本…だと思うんだけど、なかなかそうは読んでくれなくて。
『「超」言葉狩り論争』(情況出版)
ロラン・バルトにならって、独自の意見を言っているつもりで、実は、ステロタイプを言わされているという事態をファシズムと呼ぶのなら、今のジャーナリズムはまさにファシズムですね。( 80 頁)
ステロタイプを口にするひとって、自信にみちてるからなあ。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
『小説 阿佐田哲也』色川武大(角川書店)、読了。
「競馬だって、死に目に追っかけないでしょう。死に目が出ればそのとき一度だまされる。これはしょうがない。死に目を追っかけていると、出るまで何度でもだまされますからね」( 221 頁)
目じゃなくて、傾向で考えてもまさしくそうだ。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
カフカの城の世界
『小説 阿佐田哲也』色川武大(角川書店)。
勝負事というものは、自分にいい条件を作ってやるのがコツで、負い目でやっていいわけがない。( 204 頁)
一回負い目のほうにかたむくと、なかなか挽回できない。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
馬券は 3 戦 3 敗で 11 万円のマイナス。
『オスカーとフー いつまでも』テオ文 マケル。デュドク・ドゥ・ヴィット絵 さくまゆみこ訳(評論社)。
大好きな『オスカーとフー』の続編。
『小説 阿佐田哲也』色川武大(角川書店)。
あれは、競馬と同じでアマチュアの遊びだと思っている。( 183 頁)
ボクみたいな一市民にとって公営ギャンブルとして競馬が有利な点は、売り上げが多いからオッズの変動が少ないこと。
それでもローカルの午前中のレースで単勝を 30 万くらい買うとけっこう下がるけど。
そうか、ノミ屋というのはそういう時にいいのね。
絶対に利用しないけどさ。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
馬券は 2 戦 2 敗で 6 万円のマイナス。
『小説 阿佐田哲也』色川武大(角川書店)。
アンコールの要求が来た。麻雀放浪記という外題で半年間連載するという契約だったが、途中でそれは青春篇と銘うたれ、第一部という形になった。そういうふうに続編がつくられて成功したためしはないといわれるが、ご多分に洩れず、新鮮だったのは第一作だけで、あとは余光だった。( 98 頁)
本人もそう思ってたのね。
あ、これは本人じゃないのか、いちおう。
三作目、四作目ぐらいになると、なんとかなるだろうと思っているうちに契約回数が来てしまって、なんともならずに終わってしまう。( 100 頁)
寺の話とか、もうぐだぐだだったもんね。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
『小説 阿佐田哲也』色川武大(角川書店)。
独特の感性と、独特の劣等感とを備えていて、そのうえ非常に小心だったから、こういう人物はだいたい酒が大好きであるうえに、世の中の歯車に合わないことが多い。( 45 頁)
そうだろうな。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
『小説 阿佐田哲也』色川武大(角川書店)。
競輪にくわしい者で、面白い狙いを発見する者はたくさん居る。だが巧者の多くは、それが本当に面白い狙いであるために、その部分にこだわりすぎてしまうのである。つまり、他の要素を恣意的に軽んずる。( 23 頁)
耳が痛い。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
神経戦。
疲れた。
『ながい よるの おつきさま』シンシア・ライラント文 マーク・シーゲル絵 渡辺葉訳(講談社)。
これはあんまり読もうとしないなあ。
『小説 阿佐田哲也』色川武大(角川書店)。
ばくち打ちは、すぐに使える現金だけを大切にする。預金もしない。投資もしない。ばくちで勝つ以上に大きな投資はない。( 18 頁)
一発で 20 倍になるような投資って、なかなかないものね。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
『大西巨人文選 1 新生 1946-1956 』(みすず書房)、読了。
(…) 「真正のヒューマニズム」とは、人間は物質であるという単純素朴のことに過ぎない。僕たちが死ぬとき、僕たちの心身は、すでに肉体でも精神でもないところの物質に化す。このときその死滅した個体にとっては彼自身も社会も世界も虚無であり、世界はその瞬時に壊滅するのである。彼の子供がどうの孫がどうの、一年後の世界がどうのということはない。しかもまさにそのゆえに、生者たる僕たちにとって僕たち自身は物質であると同時に物質ではない(肉体と精神とである)。僕たちと世界とは生者たる僕たちにとって、まさしく虚無であるとともに充実するべき物である。( 29 頁)
唯物論を徹底させないところで語られる《精神》とはたんなる感傷でしかない。
この本にはふやけた感傷などかけらもない。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
牛乳祭りへ。
アンパンマンショーを見てたら泣き出しちゃった。
「もうかえるー ! 」。
音が大きいせいもあるのかな。
前に座りすぎたかも。
「もうかえるってばーっ ! 」
3 人で脱出。
デパートで洋服を買って、ソフトクリームを食べて、帰宅。
『「帝国」の文学――戦争と「大逆」の間』
フロイトに倣って言えば、フェティシズムが「もの」の背後の無――すなわち、
男根 の不在――の否認であるとすれば、「もの」の描写とはその否認の否認(否定ではない)にほかならない。
男根 的父権の不在を否認し、そこにあたかも実体的に父が存在するかのごとくみなすのではなく、死せる無として父を顕在化させつつ散逸させ遍在させること。( 212 頁)
「描写」とは上のことを実現するためにこそ必要とされるものである。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
『子どもたちに自由を ! 』トニ・モリソン+スレイド・モリソン作 ジゼル・ポター絵 長田弘訳(みすず書房)。
ボクが読んでみたくて買った絵本。
他人に迷惑をかけることと自由との相克。
一般論として考えても、たぶん答えはでない。
個々の事柄ごとに考えるしかないんじゃないかな。
馬券は 3 戦 1 勝で 27 万 5 千 800 円のプラス。
『「帝国」の文学――戦争と「大逆」の間』
内にあっては、「国民」化されない「もの」を、外に排除して「国民化」すること。外にある時のみ「国民」となる「もの」を、王の神聖な身体の上に(内に)所有すること。これが、日本における帝国主義的ナショナリズムのスキャンダラスな要諦である。( 50 頁)
この「もの」性を消し去るには、やはりある種の啓蒙が必要だろう。
たとえそれが「もの」性を根拠づけることと背中合わせだとしても。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
馬券は 3 戦全敗で 6 万円のマイナス。
夜の動物園へ。
熊さんがじゃれて喧嘩をはじめたら、吼え声がおおきいせいでか泣いちゃった。
「もうかえる」。
どの動物の前をとおっても「もうかえる」だったんだけど、象さんの前ですこし落ち着いた。
「ぞうさん、はなゆらゆらしとるなあ」
ペンギンさんを見てたら笑顔がもどった。
そんで、人の中をすりぬけて、ひとりで前のほうへ。
もうすっかり幼児という感じだなあ。
ひつじさんの前では大喜び。
遊園地ではおおはしゃぎ。
走りまわってる。
観覧車に乗って、パーシーに乗って、機関車に乗って。
「しんかんせんものる ! 」
しまうまの人形を買って帰途に。
あれだけ帰りたがってたのに、帰りの車では「またこよな」。
『キルケゴール著作集 9 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(下)」杉山好・小川圭治訳。
牧師は、不幸のことのみを思いわずらってその不幸が必ずや消え去る日が来るという慰めのみを求めてやって来る人に対しては、この期待をきびしくうち砕いてやるべきではなかろうか。( 97 頁)
自分が幸せであるか不幸であるか、そんなことを毎日かんがえるような人がいる。
そのうえ、それを他人に対して表現したがるような者さえいる。
直接性は不幸に遭って息絶える。だが、宗教的立場は、《
苦悩 》にあって息づきはじめるのだ。 (…) けだし宗教的視点からすればすべての人間が苦しみのなかにある。そしてこの苦しみに――そのなかへ盲めっぽうに突入することでなくて、自分が現にそのなかにいることに目を開かれることによって――耐えぬくことこそがまさしく要求されているのであって、不幸から抜け出すことが問題ではないからである。( 93 頁)
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
ますます上部の機関へと。
『キルケゴール著作集 9 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(下)」杉山好・小川圭治訳。
直接性に生きる人は、本質的に見て幸福であり、そして直接性の人生観の要諦は《幸福》にあるのだ。( 88 頁)
そのように相対的目的に生きる人にとって、《不幸》とは外から来るものである。
さてやって来ると、彼は《不幸》を感じ取るが、これを《
苦悩 》として受け止めることはしない。( 89 頁)
彼にとって不幸とはあくまで《異質の外来者》であって、《もう過ぎ去ってしまっている、ないしは過ぎ去らざるをえない事象なのである。》
これに反して内面性(倫理的ないしは倫理的・宗教的個人)は、《
苦悩 》を本質的問題として受け止める。直接性に生きる人が無意識のうちに《不幸》から目をそむけ、外面的な形で訪れて来ているのでないかぎり《不幸》の存在に気づくことはないのに対して、宗教的に生きる人はたえず《苦悩 》をその必然の要求となし、そして不幸が外面的な形でやって来ていない場合でも、《苦悩 》を要求し、事実また《苦悩 》に出会っているのである。( 90 頁)
「ぼく、ばいきんまんがすき ! 」。
「アンパンマンは ? 」ときくと、「どきんちゃんとほらーまんもすき ! 」と答える。
遊ぶときもバイキンマンの人形でいろんなものに悪いことをするのが好き。
「しまじろう」ばっかり見てたころは品行方正だったのに、「アンパンマン」を見るようになって変わってきたなあ。
『キルケゴール著作集 9 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(下)」杉山好・小川圭治訳。
たとえば、お金は働くことによっても、仕事をしないでも得られる。そしてどちらの場合にも、あるいはもっと違ったさまざまな方法によって得られる場合でも、お金はお金である。たとえば知識もまた、それぞれの才能や周囲の事情によって偶然的な仕方で獲得される。したがって獲得の仕方によって定義されることはない。しかし《永遠の幸い》については、絶対的にすべてを賭けることによって到達しうる《善》であるということ以外になにひとつ言いえない。( 76 頁)
才能とは偶然にあたえられたものである。
努力ですら、周囲の環境という偶然に左右される。
人が幸せ(あるいは、その条件)と見なすもの――金銭、知識、美、その他もろもろのもの――を、キルケゴールは《相対的目的》として《絶対的目的》の下――相対的ではなく絶対的な下――に置く。
絶対的目的 に絶対的にかかわれるためには、個人は相対的諸目的に対する拒絶を修練しぬいていなければならぬ。これによってはじめて、絶対的目的に絶対的にかかわると同時に、相対的目的には相対的にかかわるべしというあの理想的課題の出る幕が備えられるのである。( 85 頁)
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
踏み込んでいってるなあ。
疲れた。
命あってのものだねなんだが。
『ずっとママといっしょがいいの ! 』ヒド・ファン・ヘネヒテン作 野坂悦子訳(主婦の友社)。
これも動物がいろいろ出てくるんで、けっこうお気に入り。
『キルケゴール著作集 9 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(下)」杉山好・小川圭治訳。
自己省察の真剣な瞬間に、また告解の敬虔な瞬間に、人間は成ること〔生成〕から脱出して、在ること〔存在〕の領域において自分がどういう人間であるかを検分しようとする。ああ、だがその場合残念ながら結果は、彼が善でも悪でもあるということでしかないのである。すべての人が善でも悪でもあるとのこの
総決算 には、倫理はまったく無関心である。( 66 頁)
キルケゴールは《生成》を《存在》の上位に置く。
生成とは決断であり、しかし瞬間的なものではない。
したがって、そこらにいる行動主義者は《決断》とは無縁である。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
『キルケゴール著作集 9 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(下)」杉山好・小川圭治訳。
そしてここでまったくむずかしいのは、
絶対的目的 に絶対的にかかわると同時に、その同じ瞬間に、別の人間でもあるかのように、具体的なこの目的にもあの目的にも関与することである。( 46 頁)
相対的諸目的への関わりを「同時」に持つこと。
しかし、その関わりをあくまで《絶対的》なものにしないこと。
相対的目的へ絶対的に関わることは狂気である。
しかし、それへの相対的な関わりすらすてることは欺瞞である。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
ごっこ遊びをやってると、「ぱぱ、あっ ! しんかんせんだっていうてよ」なんてふうな指示を出してくる。
で、ボクが「あっ ! しんかんせんだ」と言うと、すかさず「とんねるにはいる ! っていうて」などと次の指示がつづく。
延々とつづく。
飽きてきて違うことを言ってみると「いうてってば」とダメ出しが出る。
『ちょっとそこまでぱんかいに』山下明生作 エム・ナマエ絵(サンリード)。
新幹線とか車とかダンプとか、乗り物がいろいろ出てくるところも好きなのかな。
『「超」言葉狩り宣言』(太田出版)
ここでもまたダブルバインドが生起していることが問題なのだ。「被差別者」にとって不利益な問題は一切差別である」と言い換えて、その「差別」の具体的な内実は「その痛みを知っている被差別者にしかわからない」とすれば、つまり差別は何ら解決不能であると言うことにしかなるまい。そして、この二つのテーゼに依拠して差別問題の解決を迫る批判は、逆説的に、反動化するほかはないと言える。( 248 頁)
この二つのテーゼによるダブルバインドを避けるためには、何よりも論理が要求される。
とりわけ、筒井康隆と、その癲癇差別を擁護する人々において見られるところの、 "人間は本質的に差別的な存在である" と言った言い方を許しているのは、このダブルバインドである。だが、人間が本質的に差別的であろうとなかろうと、あるいはまた、われわれが差別される者の「痛み」を最終的に触知しえなかろうと、論理的に差別である言語は、誰によっても、断固として――論理的に――批判されなければならない。( 251 頁)
理論的だからこそ実践的でありうるという見本のような本。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
馬券は 1 戦 1 敗で 5 万円のマイナス。
パンパの木製バスが届いた。
ママがパンパースのポイントをためて、応募してくれてたんだね。
すごく楽しんで遊んでる。
よかったね。
『キルケゴール著作集 8 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(中)」杉山好・小川圭治訳、読了。
同書読了。
――自分と他人との差別を踏み台にし、またこれをふりかざして、一人の単独の人間(ひとは疑いもなくそれであるのだが)であろうと欲するのは、軟弱である。しかし、他のすべての者がそうでありうるのと同じ意味で、一人の単独の人間(ひとは疑いもなくそれであるのだが)であろうと欲すること、それは、人生にたいする、そしてあらゆる
幻影 に対する倫理的勝利であり、この神中心的な十九世紀において、すべてのなかでおそらくもっとも困難なものである勝利なのである。( 301 頁)
《他者性》といわれる場合、見落とされがちなのは後者の観点である。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。