09/30 sat
姪っ子もいっしょにスカイフェスタへ。
着陸した飛行機をみて、「じゃるやなあ」。
「ひこうき、ようけおるなあ」。
「そふとくりいむたべる」。
口のまわりをソフトクリームだらけにしながらも、あっという間に食べちまった。
姪っ子が金魚すくいをしてたら、「ぼくもする ! 」。
「ぶーん」なんていいながら走り回ってて、それを見た知らないお姉さんたちに「かわいいー」とか言われたもんだから、そのお姉さんたちの近くでずっと走ってる。
お調子ものなのね。
展示されてる AH-1S コブラの前でボクが釘付けに。
モノとして、日常生活で目にするものを圧倒的に超えてる。
ロケットランチャーのこの質感なんて、もう。
このロケットランチャーだけ見てても楽に 1 時間は楽しめるし、コブラ自体なら 1 日みてても飽きないと思う。
動物園の虎とか、美術館の絵とか、質の高いものなら一つのものを 1 日中みてられる。
馬券は 2 戦 2 敗で 2 万円のマイナス。
『キルケゴール著作集 8 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(中)」杉山好・小川圭治訳。
しかし打ちひしがれていながら、同時に憂いをもたないことはむずかしい。 (…) しかし一つの気分を十分完全に満喫し、しかもそのときそれと正反対の気分をもいだいているということ、すなわち、一つの気分に言葉と情熱をあたえることによって、その背後に同時に正反対の気分をすべり込ませておくこと、これは困難である。( 298 頁)
この困難を避けたとき、《実存》は無視されるとキルケゴールは言う。
いわゆる《実存主義》との、この違い。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/29 fri
体調はすこしましに。
それにしても、相手がどんどん大きくなっていっちゃってる。
ちかごろは「しまじろう」より「アンパンマン」が好きなんだよな。
こないだまで TV といえば「しまじろう」が 90% で残りが「アンパンマン」と「トーマス」ってな割合でみてたのに、このごろは「アンパンマン」が 70% で残りが「しまじろう」。
『キルケゴール著作集 8 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(中)」杉山好・小川圭治訳。
――観念論の正しさを認めるかわりに――しかしここでとくに注意すべきことは、現実に対する(〔認識の〕対象とならない〔物〕自体《 An-sich 》に対する)問いの全体を、思惟とのかかわりにおいて一つの誘惑として、つまり他のすべての誘惑のように、譲歩することによって止揚することはできない誘惑としてしりぞけるのであるが――現実を思惟とかかわらせたカントの偏向をひきとめるかわりに、つまり現実を倫理にさし向けるかわりに、ヘーゲルはいうまでもなくさらに先に進んで待った。( 256 頁)
「物自体」という倫理性。
純粋思惟の空想的な影絵芝居 (Schattenspiel) の内部でカントに答えるのは、まさに答えないことである。――思惟の対象とならない唯一の〔物〕自体 (An-sich) は、思惟とはまったく無関係な《実存する(エグシスデーレ)ことだけである。( 257 頁)
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/28 thu
昨日の反動でか、また 38 度 2 分に。
『森のかいぶつ ドギモヌキ』ゲオルグ・ハレンスレーベン作 今江祥智訳(ブロンズ新社)。
かいぶつ・ぞうさん・かくれんぼ。
好きなものが入ってるのでお気に入り。
『キルケゴール著作集 8 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(中)」杉山好・小川圭治訳。
「人をさばくな。自分がさばかれないためである」(マタイ七の一)と聖書は教えている。このことは、勧めまたは警告の形で表現されているが、それと同時に絶対不可能性をもあらわしている。一人の人間は、他の人間を倫理的に裁くことはできない。なぜなら、人間は他の人間を可能性として理解しうるだけだからである。( 247 頁)
倫理は現実性としてのみ存在する。
しかし、他人の現実性とは、それを考えるものにとっては可能性でしかない。
美的と知的に、現実性を問うことは誤解である。他の人間の現実性を倫理的に問うことは誤解である。なぜなら〔倫理的には〕ただ彼自身の現実性のみが問われるべきだからである。( 249 頁)
《美的なもの》・《知的なもの》と《倫理的なもの》、それぞれの他の人間の現実性へのかかわりかたは上のようにしてある。
前二者はそもそも現実性ではなく可能性に対する情熱であるのだし、後者は自分自身の現実性のみを問題にするかぎりにおいて倫理的だからである。
そして、そのどれとも異なる領域がある。
しかしさらに、信仰者は他者の現実性に(たとえば神が現実にそこにいたということに)無限の関心をもつことによって、倫理的に生きる人から区別される。( 250 頁)
だがやはり、その《他者》とは、《無限に大きな》関心をかけるべきものでなければならない。
かくして信仰の対象は実存における《神》、すなわち単独者としての《神》の現実性、つまり神が現実の人間として、そこにいたという事実である。( 254 頁)
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/27 wed
今日も熱は下がってないんだけど、やらなきゃならないことがたまってきてるんで、行動開始。
まずは電話から。
疲れた。
神経戦。
『キルケゴール著作集 8 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(中)」杉山好・小川圭治訳。
私はすべての若者がヘーゲルを克服しうるというのではない。そんなことをいおうというのではない。もし若者が〔ヘーゲルを克服しうると考えるほど〕思い上がっており、愚かであるならば、彼の攻撃は無意味である。否、その若者はヘーゲルを攻撃しようなどとはけっして考えてはならない。むしろ彼は女性的な献身をもって、とはいうものの彼の問いを固持するのに十分な強さとをもって、無条件にヘーゲルのもとに身を屈すべきである。( 230 頁)
実存に対する弁証法的徹底。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/26 tue
今日も 37 度 8 分の熱。
『キルケゴール著作集 8 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(中)」杉山好・小川圭治訳。
しかしながら《試練》――その弁証法については『反復』を参照のこと――はあくまでも通路であって、試練に遭った者は、その火のなかでの戦慄を永遠に印象づけられ、これを、自分が白髪の年齢に達したときその白髪が試惑(いざない)に遭ったあの恐るべき生命の危険の瞬間を想起させるのよりも、もっと内面的な印象としておのれのうちに定着させるにしても、試練そのものをくぐり抜けてふたたび倫理的領域へ、つまり倫理的真理のなかに身を置いて生きる(エグシスデーレ)ことへと復帰するのである。倫理的真理の目的論的停止(ススペンシオーン)という事態は、ここでいっそう明確な宗教的表現をあたえられねばならぬ。( 153 頁)
分離された《信仰》と《倫理》が、ふたたび接近する。
かくして倫理的真理から追放〔停止〕されている状態(ススベンシオーン)、これこそ、ひとりの人間のうちに現れる状態としての《罪》である。( 156 頁)
この《罪》こそが《宗教的問題次元をはじめて切り開く始原、ないし原点そのものなのだ》。
そして、この《罪》を問題として書かれたのが『不安の概念』である。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/25 mon
38 度の熱。
気がゆるんだのかな。
心がざわざわして本を読む気にならない。
寝てても落ち着かない。
冬に買ったままやらずにおいてあった『 G1 Jokey4 』をひっぱりだしてきてプレイ。
むずかしいね、これ。
『キルケゴール著作集 8 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(中)」杉山好・小川圭治訳。
《実験》は一度伝達しておきながら、わざとぶちこわしをやってこれを取り消してゆく伝達形式であって、一個の実存に生きる者(エグシスデーレネ)が同じく実存に生きる者(エグシスデーレネ)にむかってものを書く際に片時も忘れてはならぬ心得である。( 148 頁)
イメージの共有の拒否から伝達は始まる。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/24 sun
朝病院に顔を出して四国へ。
『ベスト オブ くるり / TOWER OF MUSIC LOVER (初回限定盤 』(ビクターエンタテインメント)。
行きも帰りもずっとこれ。
じっくり聴くと、あらためてすごいな。
いろいろ思い出す。
2 時間ちょうど。
ゆったり走ったんだけど、すいてたからかな。
「ぱぱー ! 」
ずっと笑って、めちゃめちゃうれしそう。
ボクも嬉しい。
馬券は 5 戦 1 勝で 33 万円のプラス。
『キルケゴール著作集 8 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(中)」杉山好・小川圭治訳。
反復とは元来が内在の表現である。すなわち絶望に徹してしかも自己自身を失わず、懐疑に徹してしかも真理を失わぬことを指すことばである。( 146 頁)
《反復》というこの概念が、レギーネとの《反復》を明らかに含意していたところに才能という名の天恵を感じる。
痛々しいけれども。
そして純粋さは、その破られた誓約が一種の目的論的停止(ススベンシオーン)(本書一四七ページ)の方向で把握されているところにこそある。いいかえれば、その情熱の極致においてこの事態をくつがえし、ひとたび破った誓約をふたたび取り戻そうと欲するところに、主人公の純粋さがある。( 151 頁)
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/23 sat
良性。
とりあえず安心。
あした帰ることに。
馬券は 1 戦 1 敗で 3 万円のマイナス。
『キルケゴール著作集 8 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(中)」杉山好・小川圭治訳。
倫理的真理が試惑〔まどわし〕と化した。神とのかかわりがいまこそ生起した。倫理的絶望にまつわりついていた内在の舞台が破砕された。飛躍は措定された。不条理こそが真理のしるしとなった。( 146 頁)
『あれか、これか』があったがゆえの『おそれとおののき』での飛躍。
試練とは、宗教的範例(パラディグマ)がほかならぬ例外をこそその内容とするというかの事情に、またしても即応する事態である。けだし倫理的見地に立つかぎり、倫理的真理がいついかなるときにも有効性を失わぬという意味で普遍妥当性をもつ真理にほかならないがゆえに、試練の存在などは考えられないからである。( 147 頁)
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/22 fri
胃腸ともにずいぶんつかれた。
ここんとこ、ボクにしては飲みすぎてるからな。
『キルケゴール著作集 8 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(中)」杉山好・小川圭治訳。
ともあれ小生の前に形式の問題がまず明らかに示されたことは、全く当を得たことであった。なぜなら、形式こそまさしく内面性の問題にほかならぬからである。( 116 頁)
それゆえ、要約でキルケゴールを知ることはできない。
ビール 3 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/21 thu
『キルケゴール著作集 8 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(中)」杉山好・小川圭治訳。
しかしそうした生活の現実が自他の差別を最も強烈につきつけてくるまさしくそこのところで、平等の自覚を最も強烈に把持すること、これこそ単純な賢者にふさわしい、気高い敬虔さというべきである。( 80 頁)
ルサンチマンの上にかかった隘路。
左右どちらに踏み外しても落ちてしまう。
ビール 3 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/20 wed
点滴と薬がかわったらしく、すこし元気。
『キルケゴール著作集 8 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(中)」杉山好・小川圭治訳。
さて《不条理》とはなにか ? 永遠の真理が時間(とき)のうちに生成したこと、言いかえれば神が生成し、生まれ出で、生いたち等々、個々の人間と全く同じようにして現存在(このよ)のなかに入りこみ、他の人間から全く区別できないひとりの人間となったこと――これが不条理としての真理である。( 48 頁)
この不条理を思うと、気が遠くなる。
ビール 3 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/19 tue
検査。
結果は 1 週間後にわかるそう。
迷ったすえ、あと 1 週間こちらでいることに。
飲み始めたら、叔母がやってきた。
話が長えんだ。
だいたい、話ってのがほとんど嫁の悪口で、しかもすでに何回も聞いてる内容。
寂しいのかもしんないけど、つかれる。
『キルケゴール著作集 8 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(中)」杉山好・小川圭治訳。
内面性のカテゴリーに貫かれた《実存》を重視すること、これがソクラテスの立場である。これに対してプラトンの立場は、《内在》の消息たる想起をもっぱらに追及するものである。( 41 頁)
ビール 3 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/18 mon
体調が悪い。
ここんとこの食事内容のせいだろうな。
今晩はすこしあっさりしたものにしよう。
『キルケゴール著作集 8 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(中)」杉山好・小川圭治訳。
内面性のカテゴリーに貫かれた《実存》を重視すること、これがソクラテスの立場である。これに対してプラトンの立場は、《内在》の消息たる想起をもっぱらに追及するものである。( 41 頁)
単独性と普遍性。
しかし、ソクラテスもあの《信仰の逆説》には出会わない。
ソクラテスの立場からすれば、主体性が不真理となるのは、真理は主体性にありということを悟ろうとせずに、例えば客観性への道を歩もうなどと考えるときに限られる。ところがここでは主体性が主体的となることによって真理たらんとする道を歩みだそうとするまさしくそのときに、自己は不真理であるという難関に直面するのである。( 43 頁)
ビール 3 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/17 sun
馬券は 1 戦 1 敗で 5 万円のマイナス。
病室に 1 日いると胃が重くなって食欲がなくなる。
刺身を食っても味がしない。
ので、白身魚のフライとハンバーガーとラーメンを同時に食べたりする。
この 3 日間、毎晩そのメニューだ。
『シールド(盾)』村上龍 はまのゆか絵(幻冬舎)。
ひさしぶりに読んだ村上龍の本。
『 5 分後の世界』以来かな。
あれまでは新作が出たらだいたい読んでたんだけど。
で、この絵本、それなりにはおもしろいけれど、いままで村上龍が言ってきたことを薄めてるだけのような。
けっして凝縮という感じじゃない。
村上龍にはもっと突き抜けたものを書いてほしいんだけどな。
ビール 3 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/16 sat
すこし生色がもどったような。
馬券は買わず。
『キルケゴール著作集 8 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(中)」杉山好・小川圭治訳。
真理が主体的に問われる場合には、主体的内省が固体のかかわり方そのものに向かう。このかかわり方そのものが真理に貫かれていさえすれば、個体は真理に立っているのである。よしんばそのかかわる対象が非真理であったとしても、主体のかかわり方が真理に貫かれていさえすれば、個体は真理に立っているのだ。( 28 頁)
あえて極論として提出された、それでも――というよりもそれだからこその――《真理》。
ビール 3 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/15 fri
帰郷。
やつれてる。
『小ブル急進主義批評宣言』糸圭 秀美(すが・ひでみ)(四谷ラウンド)、読了。
宅八郎の紋切り型は、大月や浅羽の紋切り型を批判する強度を内包している。「推定無罪の原則」の前では、「庭先にサリンばらまかれても」仕方がないと覚悟すべきなのであって、「思想家」が「世間の視線」に同調してもしようがあるまい。その程度の覚悟くらいしておくのが知識人のはずではないか。( 284 頁)
「サリン - オウム」問題のさいにはボクのような非知識人でさえも、あの違法調査・別件逮捕の連発とそれを当然とするような世論には憤りを感じた。
ビール 3 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/14 thu
書類到着。
これをみるかぎり、闘争は不可避なものとおもわれ。
いやまあ、やらないって道もありなんだけれど。
でも逃げたくもなく。
気の重さと高揚感とがまじりあって、落ち着かない感覚。
つらそうな電話。
『小ブル急進主義批評宣言』糸圭 秀美(すが・ひでみ)(四谷ラウンド)。
長谷川提督は、戦後の天皇が人間でなくなったことに気づいていないかに見える。それゆえ、天皇にも戦争責任を負えと問うているかのようである。しかし、もし天皇がそうしたとして、そのとき、天皇は「平和」の象徴たりえたであろうか。天皇は「戦争」に対して徹底的に無責任を装ったがゆえに、「平和」の象徴として蘇生しえたのではなかろうか。( 225 頁)
戦後民主主義者が天皇制をいくら批判しようと、それらは共犯的であると筆者は言う。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/13 wed
『小ブル急進主義批評宣言』糸圭 秀美(すが・ひでみ)(四谷ラウンド)。
自国にとって都合の悪い歴史的事実を子孫に教える必要がないというコンセンプトが、そもそも無責任ではないのか。福田和也も言うように、都合の悪い歴史的事実をも引き受ける者こそ、真のナショナリストというものだ。「自尊」と呼ばれる彼らの歴史観は、実はナショナリズムに対する「自虐」なのである。( 11 頁)
現代保守派のこの《相対的な無責任》。
これを批判しつつ、しかし《いわゆる「自虐史観派」の、知識人としての責任の取り方》も、《ついに相対的なものでしかありえない》という観点も提起する。
すでに述べたところからも明らかなように、彼らが「従軍慰安婦」をはじめとする日本近代史に対して徹底的に責任を取ろうとする態度は、本質的にナショナリストのものである。しかし、寡聞にして彼らが堂々と自らをナショナリストと名のっているという話は聞かない。( 12 頁)
知識人における責任と無責任とのそれぞれのこのような相対的なありかたはとうぜん批判されるべきであり、その批判の立脚点として著者は「小ブル急進主義」を言う。
小ブル急進主義者とは、歴史と大衆に対して相対的に無責任なのではなく、絶対的に無責任な存在を意味する。( 12 頁)
爽快なまでに倫理的な本である。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/12 tue
図書館で本を借りるときのためにこのあいだ雑貨屋で ROOTOTE のトートバッグを買ったんだけど、いつのまにか妻のものになってる。
まあ、安いもんなんでもいっこ買うか。
『世界共和国へ』柄谷行人(岩波新書)。
プロレタリアとはむしろ消費者である。このことを考えないと、産業資本における剰余価値について理解することができません。( 140 頁)
ではなぜこのことを考えることが大事なのか。
その答えがこの本にある。
『トランスクリティーク』を読む予定のない人は、まずこれから。
さらっと読める。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/11 mon
朝から腰とか肩がやたら痛い。
凝りかなと思いつつ夕方まで耐えてたところ、どうやら熱の徴候が。
38 度 3 分。
うーん。
『世界共和国へ』柄谷行人(岩波新書)。
議会制民主主義とは、実質的に、官僚あるいはそれに類する者たちが立案したことを、国民が自分で決めたかのように思いこむようにする、手の込んだ手続きです。( 122 頁)
議会制民主主義を取るかぎり、官僚の支配力はゆるがない。
そのような制度のなかで、たんに官僚を批判しても大勢に影響はないのだ。
といって、ここで柄谷行人は悲観せず、あらたな案を提出する。
たとえば、くじびき。
近代国家がアテネの民主主義を模範として見習おうとしたことは確かですが、そこに一つの決定的な誤解がある。モンテスキューはそのことに気づいていました。彼の考えでは、代議制は貴族的であり、くじ引きこそ民主的である(法の精神)( 54 頁)
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/10 sun
子どもは義姉夫妻と姪っ子に連れてってもらってゴールドタワーへ。
妻はきのうにひきつづき仕事の講習。
ボクは競馬。
馬券は 2 戦 2 敗で 6 万 4 千円のマイナス。
『うしろにいるのだあれ』ふくだとしお作(新風社)。
動物がいろいろでる本。
わかりやすくておもしろい。
『 LEFT ALONE―――持続するニューレフトの「 68 年革命」』糸圭 秀美(すが・ひでみ)(明石書店)、読了。
いかに、ヴィデオを止めないで見続けたとしても、それが止められるという可能性を持っている限り、ヴィデオは映画の共産主義(運動)への裏切りである。なぜなら、画像を止めるとは、それを私有しようとすること以外のなにものでもないからだ。( 14 頁)
昔よく映画をヴィデオで見てたころ、巻き戻したり一時停止させたりして、 2 時間の映画を見るのに 4 時間くらいかけてた。
疲れるんだよな。
だけどやっぱり、この『 LEFT ALONE 』の映画も、 DVD にならないかななんて期待を持ってしまう。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/09 sat
教育関係の講演会へ。
教育格差というのは幼年児から歴然とあるんだよな。
親としてなにができるのか。
やだけどさ、こんな世の中。
馬券は買わず。
『 JUNK の逆襲』糸圭 秀美(すが・ひでみ)(作品社)。
ハンセン病患者(元患者)は何の根拠もなく、差別と偏見の「痛み」に耐えている(しかし、闘っていない)。それが『愛する』という映画の伝えるハンセン病に対するイメージであり、ひいては、熊本地裁判決が出た後にジャーナリズムをつうじて「国民的」に流布された当のものである。その時、「国民」一般が感じるのは、自分たちがその差別と偏見を流布していた当事者であるという――つまり、「俗情」と結託していたという――「痛み」ではない。患者たちの「痛み」であり、それへの「同情」に過ぎないのだ。国民一般の責任は、あらかじめ免責されている(悪いのは、無理に控訴しようとしていた官僚だけだ)。この全く逆立ちした「痛みの共有」によって、想像的な悔恨共同体が創造される。( 264 頁)
誠実さがときに差別を悪化させることもある。
必要なのは論理的な明晰さだ。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/08 fri
朝おきて、「ぱぱ、ぼく、きんぎょになったよ」と言った。
「夢をみたんやね」と言ってあげたら、なんとなく納得してるみたいだった。
『 JUNK の逆襲』糸圭 秀美(すが・ひでみ)(作品社)。
少子化は先進国の意識されざる国家的政策でもある。個々人が少子化という防御策によって生活を維持することで、政府の福祉主義的なリベラリズム政策が有効に機能する(と見なされる)からである。しかし、今やそれによる人口の逓減が国家的危機とも認識されているように、少子化政策は国家にとって両刃の剣である。( 236 頁)
教育について語りたい人は読んでおくべき。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/07 thu
『まんまる おつきさまを おいかけて』ケビン・ヘンクス作・絵 小池昌代訳(福音館書店)。
ミルクの入ったお皿とお月さまというふたつのものの類似を前提とした本なんだけど、日本人のうちの子にはその類似を実感をもっては感じにくいみたい。
『ぼく、おつきさまがほしいんだ』のほうがずっと面白いらしい。
『キルケゴール著作集 7 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(上)」杉山好・小川圭治訳、読了。
同書読了。
死が常に不確かで、この私が死すべきものとしてその不確かさを負っているとすれば、この事態が意味するところは、死の不確かさは世間一般という観点に立った悟りをいかにしても許さぬ問題であるということである。それはこの私という存在が、やはり世間一般のなかに解消されてしまうようなそういった《人間》ではありえないことに由来しているのだ。( 300 頁)
しかしこのことは誰にでもあてはまるのではない。
《主体性》こそがこのことの鍵となる。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/06 wed
『キルケゴール著作集 7 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(上)」杉山好・小川圭治訳。
小生の信ずるところによれば、「証明せらるべき問題」 quod erat demonstrandum が倫理的真理である場合には、イロニーと激情(パトス)と弁証法(ディアレクティク)こそ、「必要条件」 quod desideratur であるのだ。( 276 頁)
それゆえにスタイル(文体)が重要となる。
たとえば、『哲学的断片』のあとがきであるはずの本書が、その『哲学的断片』そのものよりもはるかに長いものであるといったようなスタイルが。
その矛盾は直接的な形では現われない。むしろ彼の発言の仕方そのもののなかに潜んでいる。つまりその発言が述べている直接的内容についての自覚が、発言の仕方そのものには少しも含まれていないのだ。( 305 頁)
こういう事態を避けるためのキルケゴールの周到さときたら。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/05 tue
『キルケゴール著作集 7 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(上)」杉山好・小川圭治訳。
見よ、これが報酬なのだ ! 一個の単独者たることは、世界歴史の次元では全くの無、かぎりない無である。しかもなお、それこそひとりの人間にとって唯一ほんとうの、また最高の意義を持つ生き方なのだ。( 269 頁)
実践なしにこれを理解することはできない…んだよな。
ところで倫理的真理はたんに知識や自覚にとどまらない。それとかかわりをもって行われる実践行為でもある。しかもそれを最初に行うときよりも反復するときのほうが、しばしばひとかたならず困難の度を増すといった性質の行為なのだ。( 289 頁)
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/04 mon
『キルケゴール著作集 7 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(上)」杉山好・小川圭治訳。
ところでこの純粋思惟なるものはその抽象的客観性においておのれの対象と等質であるがゆえに、結局は対象即思惟ということになり、真理は思惟の自己自身との一致に求められる。( 227 頁)
この《客観性の陣営》に対して、キルケゴールは《倫理のカテゴリー》からではなく、まずは敵と同じく形而上学の領域である《喜劇性》によって戦う。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/03 sun
馬券は 4 戦全敗で 19 万円のマイナス。
『キルケゴール著作集 7 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(上)」杉山好・小川圭治訳。
抽象的に見れば、体系と現存在とは同一次元では考えられない。なぜならば、体系的思考が現存在を思考の対象とするためには、止揚されたものとして、したがってもはや現にそこにあるがままのものではなくなったものとして、これを思考せざるをえないからである。( 217 頁)
字義どおりであり、まったく正しい指摘。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/02 sat
『オスカーとフー』テオ文 マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット絵 さくま ゆみこ訳(評論社)。
初めて読んであげたときから、もう夢中。
すごく気にいってて、ひとりでもくりかえし読んでる。
ボクも好きな絵本。
馬券は買わず。
『キルケゴール著作集 7 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(上)」杉山好・小川圭治訳。
体系が現存在を追跡しながらこれを抽象化したものである――-ここに体系(シスデーム)を現存在の秩序(シスデーム)そのものと取り違えさせるきっかけがある――と想定するならば、体系は文字どおりあとからやって来るものであって、したがって現存在の起点になった直接的立場をもって直接的に始まるものではないのだ。( 203 頁)
体系にとって、抽象的で純粋な始原などというものはない。
そしてそのことは次の問いを招く。
かの創始に到達するために運動しはじめた内省(レフレグシオーン)をば、いかにして停止させたらよいのだろうか ? つまり内省とは、《無限》という不思議な性質をもっているものである。( 204 頁)
つまり、《内省》は体系にどこまでもつきまとう。
そしてほんとうの《創始》は内省の無限連鎖をつき破って出てくるものでしかありえないという意味で、《絶対的創始》そのものが、無限に続く内省をくぐり抜けながらこれを破って噴出してくることによってのみはじめて、無前提の始原たりうるのである。( 204 頁)
それに必要なのは《決意》だ。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。
09/01 fri
『キルケゴール著作集 7 』(白水社)所収「哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき(上)」杉山好・小川圭治訳。
一方、たとえ何を考えようと、思考というものはすべて内在の世界を抜け出ることができない。( 171 頁)
よく忘れられ、飛び越えられること。
ビール 2 リットルと睡眠薬 1/4 錠。