メモ 2004 年 6 月

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06/30 wed

小泉首相はボクの近くを颯爽と歩いていった、らしい。



『この人を見よ 自伝集(ニーチェ全集 15 )』川原栄峰訳(ちくま学芸文庫)。
――意識の全表面――意識というものはそもそも表面にほかならないのだが――が大げさな命令のどれか一つで汚されたりしないように用心せねばならない。( 70 頁)
「目的」から逃亡しつづけること。

ビール 1.5 リットルと睡眠薬。

06/29 tue

スペシャの「 STUDIO GROWN 」で太田莉菜ちゃんを見るのが火曜日の楽しみなのに、今日は特番でいとうせいこうが出てやがる。



『この人を見よ 自伝集(ニーチェ全集 15 )』川原栄峰訳(ちくま学芸文庫)。
耐えがたい圧迫から脱け出したいと思う時には麻薬が必要だ。( 62 頁)
ボクにとってお酒はそうだ。
でも、競馬はどうだろう。
たぶん、《耐えがたい圧迫》だ。

ビール 1.5 リットルと睡眠薬。

06/28 mon

「規準を設定するときの、その自由さがうらやましい」
「そういうのは直観でいいのよ」
「直観…。直観が存在することを信じられるなんて」



義姉夫婦の引越しの手伝い。
どんだけ荷物があるねん。



『この人を見よ 自伝集(ニーチェ全集 15 )』川原栄峰訳(ちくま学芸文庫)。
パスカルはキリスト教の犠牲としては最も教訓に富むものであり、初めは肉体的に、次いで心理的に、じわりじわりとなぶり殺されて行ったのだが、こわいもこわいと、身の毛もよだつこの非人間的残虐の持つ全論理を私は愛する。( 55 頁)
《初めは肉体的に、次いで心理的に》かあ。
ふむ。

ビール 1.5 リットルと睡眠薬。

06/27 sun

義姉夫婦の引越しの手伝い。



馬券は 1 戦 1 敗で 12 万円のマイナス。



ビール 2.5 リットルで夕寝。



『この人を見よ 自伝集(ニーチェ全集 15 )』川原栄峰訳(ちくま学芸文庫)。
口に出かけた言葉をのみこんでしまうということは、必然的に人柄を悪くする。――それは胃まで悪くしてしまう。沈黙家はみな消化不良だ。( 33 頁)
そういわれても、誰もがあんたみたいにはなれねえよ。

ビール 1.5 リットルと睡眠薬。

06/26 sat

義姉夫婦の引越しの手伝い。



ビール 1 リットルで昼寝。



馬券は買わず。



『この人を見よ 自伝集(ニーチェ全集 15 )』川原栄峰訳(ちくま学芸文庫)。
彼は「不幸」だとか「罪」だとかいうものがあるとは信じない。つまり彼は自分に関しても他人に関しても、ちゃんと決着をつける。忘れるというすべを心得ているからである。( 26 頁)
そうなりたいなあ。

ビール 1.5 リットルと睡眠薬。

06/25 fri

『この人を見よ 自伝集(ニーチェ全集 15 )』川原栄峰訳(ちくま学芸文庫)。
今になってみるとどうもそんな気がする。( 25 頁)
変化というのは起こった後でわかるものだ。
共時性という概念は、同時代性とはまったく関係がない。

ビール 1.5 リットルと睡眠薬。

06/24 thu

『ツァラトゥストラ 上(ニーチェ全集 9 )』吉沢伝三郎訳(ちくま学芸文庫)、読了。
過ぎ去ったことどもを救済し、一切の《そうあった》を《そうあることをわたしは欲したのだ ! 》に根本から造りかえること――これをこそわたしは初めて救済の名で呼びたい ! ( 254 頁)
『運命愛 (amor fati) 』。
しかし、そこに至るためには「なぜ私はここにいて、あそこにいないのか」というパスカルの問いが不可欠だ。
ニーチェにとって、それはつぎのようなものとしてあらわれている。
《そうあった》。意志の歯ぎしりと、その最も孤独な憂愁とは、このように呼ばれるのだ。( 254 頁)
ああ、 <そうあった> という石はころがすことができない。とすれば、すべての罰もまた永遠的であらざるをえないのだ ! ( 256 頁)
ビール 1.5 リットルと睡眠薬。



ビール 1.5 リットルと睡眠薬で昼寝。



ビール 1.5 リットルと睡眠薬。

06/23 wed

『ツァラトゥストラ 上(ニーチェ全集 9 )』吉沢伝三郎訳(ちくま学芸文庫)。
自分自身を信じない者は、絶えず嘘をつく。( 224 頁)
たしかにそうだけど。

ビール 1 リットルと睡眠薬。



ビール 1.5 リットルと睡眠薬で昼寝。

06/22 tue

『ツァラトゥストラ 上(ニーチェ全集 9 )』吉沢伝三郎訳(ちくま学芸文庫)。
 して、友たちよ、きみたちはわたしに、趣味や嗜好について争うべきではない、と言うのか ?  しかし、およそ生とは、趣味や嗜好をめぐる争いなのだ ! ( 207 頁)
「好みのちがいだから」とかいう理由でものごとを韜晦する連中は大嫌いだ。

ビール 1 リットルと睡眠薬。



ビール 1.5 リットルと睡眠薬で昼寝。

06/21 mon

『ツァラトゥストラ 上(ニーチェ全集 9 )』吉沢伝三郎訳(ちくま学芸文庫)。
 比較的弱いものを説得して、比較的強いものに奉仕させるのは、自分よりもなおいっそう弱いものに対して主たろうとする前者の意志である。( 207 頁)
ルサンチマン。
こういう輩をあいてにするのは時間のむだだとようやくわかった。

ビール 1.5 リットルと睡眠薬で昼寝。

06/20 sun

内祝。



ビール 1.5 リットルと睡眠薬で昼寝。



馬券は 1 戦 1 敗で 1 万円のマイナス。



『ツァラトゥストラ 上(ニーチェ全集 9 )』吉沢伝三郎訳(ちくま学芸文庫)。
きみたちは一切の存在者をなめらかならしめ、精神の鏡ないしは映像として、精神に従属させようとする。( 204 頁)
価値転倒。
それは固定されることなく転倒しつづけることにしかない。

ビール 2 リットルと睡眠薬。

06/19 sat

『ツァラトゥストラ 上(ニーチェ全集 9 )』吉沢伝三郎訳(ちくま学芸文庫)。
 おそらく彼女は、意地が悪く、裏表があり、かくて要するに一人の女であるのだろう。しかし、彼女が自分自身のことを悪く言うときにこそ、彼女はこの上なく誘惑する。( 195 頁)
でも、誘惑されるのは楽しいよね。
憎々しくもあるけど。

ビール 1.5 リットルと睡眠薬。



ビール 1.5 リットルで朝寝。



何万分の 1 であろうが、 2 分の 1 であろうが、 1 は 1 だ。
ものごとの歴史性の前では確率論なんて意味がない。
心配。



馬券は買わず。



似てきたみたい。



ビール 1.5 リットルで夕寝。



ビール 1.5 リットルと睡眠薬。

06/18 fri

同僚の S 君は、夜勤の期間に入ると機嫌がわるくなるらしい。
きのうも夕食のおかずのシチューににんじんがたくさん入ってたので奥さんにたいして怒鳴りまくったという。
「こんなもん食えるか !  甘ったれてんなよ ! 」

「甘えてるのは君やがな」
とさとしておきました。
ちなみに、 S 君と歩いていると誰もが道をあけてくれるので楽です。



『ツァラトゥストラ 上(ニーチェ全集 9 )』吉沢伝三郎訳(ちくま学芸文庫)。
与えることと受け取ることとのあいだには、一つの裂け目がある。そして、最小の裂け目こそ、いちばん橋渡ししにくいのだ。( 189 頁)
ほかの「哲学者」が多くの言葉を費やして表現するようなこのことを、こうやって詩的に語ってしまうニーチェの特権性。

あ、そういうことを考えずに、今回は直接的に読むつもりなんだった。

ビール 1.5 リットルと睡眠薬。

06/17 thu

『探究 2 』柄谷行人(講談社学術文庫)。
たとえば、幼児は、その最初期には、どのような音声をも発することができ、どのような言語も習得しうる。しかし、いったん一つの言語を選択してしまえば、「音声学的な面において開かれていた無限の可能性は取り返しのつかぬほどに失われてしまう」。( 356 頁)
小林秀雄のいう意味での「歴史」。
この「歴史」を受け入れることからしか人生ははじまらない。
受け入れようとしない親とか、いっぱいいそうだけど。

ビール 1 リットルと睡眠薬。



ビール 1.5 リットルと睡眠薬で昼寝。

06/16 wed

『探究 2 』柄谷行人(講談社学術文庫)。
重要なのは、この世界には、それ以上の外部がないということである。この世界は、限りがないけれども、有限なのだ(外部がない)。( 330 頁)
いかなる外部(超越性)をも否定するということ。
それだけが宗教 = 共同体を超えるための条件なのだ。
しかし、もちろん「超」えるということを実体的に考えてはならない。

ビール 1 リットルと睡眠薬。



ビール 1.5 リットルと睡眠薬で昼寝。

06/15 tue

『探究 2 』柄谷行人(講談社学術文庫)。
重要なのは、商人が相手の合意なくしては何もできない(詐欺も合意を要する)し、何もしないということだ。商人は、共同体の外部で、見知らぬ予測しがたい不可解な "他者" を相手にし、且つ彼を排除するのではなく、彼の自由を受けいれることでしか彼を拘束できないという場所に立っている。( 321 頁)
ここにこそ、ここにだけ、「倫理」がある。
逆にいえば、倫理的であるためには商人的であるしかないのだ。



ビール 1 リットルと睡眠薬。



ビール 1.5 リットルと睡眠薬で昼寝。

06/14 mon

ビール 1 リットルで朝寝。



「宮沢賢治の『雨ニモマケズ』に《ジブンヲカンジョウニ入レズ》という一節がありますよね。そんなふうに生きていきたくて、でもそうじゃない自分が哀しいんです」
「そんな人っているのかしら」
「たくさんいると思います」
「そうかしら。そんな人は生きていくのがかえってむずかしいと思うわよ。それに、あなたと同じことができる男はなかなかいないと思うわよ」
「とてもそうは思えません。先生は優しいですよね」
「わたしは人間にたいしては冷たいわよ」

06/13 sun

馬券は 2 戦 2 敗 で 2 万円のマイナス。



妻と義母は 100 円玉とか 50 円玉のことを金貨という。
せめて硬貨といってくれ。



皿鉢料理とか鯛の活け造りとか、すげー豪華なお祝い。
ありがとうございます。
ビールいっぱい。

はじめて一緒に寝た。

06/12 sat

ビール 1.5 リットルで昼寝。



馬券は 2 戦 2 敗で 4 万円のマイナス。



競馬予想 TV を見ながらビール 2 リットルと睡眠薬。

06/11 fri

『探究 2 』柄谷行人(講談社学術文庫)。
言語ゲームは多種多様であり、その「境界」も多種多様である。したがって、ある領域で通じ合っていても、別の領域では通じ合えない。( 315 頁)
言語ゲームを全的に共有することはできない。
したがって、どんなに親しいものであっても「他者」性はのこるのだ。
語っている本人がいくら「他者」性を強調したところで、この当たり前の事実を見のがしたところで語られる「他者」論は、じつは「異者」論でしかない。

ビール 1.5 リットルと睡眠薬。



ビール 1 リットルで昼寝。

06/10 thu

『探究 2 』柄谷行人(講談社学術文庫)。
精神分析において、感情転移は何によっておこるのかと問うことは、トートロジーである。なぜなら、精神分析は感情転移によってこそ可能なのだから。フロイトは、それを「同一化」から説明している。しかし、感情転移を根源的な「同一化」によって説明するのは、トートロジーである。( 309 頁)
精神分析において感情転移がみいだされたのではない。
むしろ、感情転移という枠のなかでこそ、精神分析が見えてくるのである。
それにしてもこのことは、なかなか理解してもらえない。



ビール 1.5 リットルで昼寝。

06/09 wed

『探究 2 』柄谷行人(講談社学術文庫)。
 しかし、ユングはフロイトから離反した。ユングだけでなく、多くのユダヤ人の弟子たちもフロイトに反逆した。それは、つねに、「感情転移関係」にもとづくフロイトの理論、リビドーやエディプス・コンプレックスの概念をめぐっている。( 267 頁)
たまに臨床医の書いた本を読んだりすると、感情転移にたいしての関心の薄さに驚くことがある。
フロイトにとって感情転移とは、治療を助けるための概念ではなく、それこそが精神分析の核心であるのに。



ビール 1.5 リットルと睡眠薬。

06/08 tue

似てねえ。



『探究 2 』柄谷行人(講談社学術文庫)。
 超越論的動機は「旅」や「探検」への動機と異質である。つまり、差異や多様性を経験したいという動機と正反対である。だから、レヴィ = ストロースは「旅人と探検家がきらいだ」と書き出すのである。( 230 頁)
探検家とか冒険家とかいう人たちはきらいだ。
 デカルトのコギト(絶対的な唯一性)は、たんに相対的な他者や異質性ではなく、いわば絶対的な他者性や差異性を体験することなしに在りえない。むろん、絶対的な他者が在るのではない。他者の他者性が絶対的であり、けっして自分のなかに回収できないということなのだ。旅や探検を好む者は、その逆に、他者の他者性を奪うこと、差異を吸収すること、自己の内に所有することをめざす。( 230 頁)
ビール 2 リットルと睡眠薬。

06/07 mon

ほんとうにひさしぶりに泣いた。



『探究 2 』柄谷行人(講談社学術文庫)。
 そのような主体が在るというならば、それはただちに経験的な主体になってしまう。あるいは、超越的な主体になってしまう。超越論的主体は、そのような主体を批判することにおいてしか無い( 227 頁)

06/06 sun

馬券は買わず。
1000 万以上もうかる馬券を買おうとしてたんだけど、やめた。
それどころじゃない。



心配で、もう。

06/05 sat

馬券は買わず。



意外に冷静…なつもり。

06/04 fri

同僚と飲み。
ビールいっぱい。

男どうしで悪さをするのは、最高だ。

06/03 thu

『探究 2 』柄谷行人(講談社学術文庫)。
 そのような主体が在るというならば、それはただちに経験的な主体になってしまう。あるいは、超越的な主体になってしまう。超越論的主体は、そのような主体を批判することにおいてしか無い( 227 頁)
「批判」とはたえまない移動のことだ。

ビール 2 リットルと睡眠薬。

06/02 wed

『探究 2 』柄谷行人(講談社学術文庫)。
 超越論的な自己は、したがって自己意識ではない。自己意識は、たしかに自分の属している世界をこえる。しかし、それは反省にすぎず、つまり鏡像のなかにあるにすぎない。( 210 頁)
自己自身を他者とみなすことは、けっして超越論的なのではない。

ビール 2 リットルと睡眠薬。

06/01 tue

ちかくにあるラブホテルの露天風呂は、川の堤防のうえから丸見えらしい。



『探究 2 』柄谷行人(講談社学術文庫)。
しかし、このことはデカルトに限ったことではない。デカルト的な主体を否定するマルクスやニーチェなどを読む者は、あたかもすべての言説を超越するメタレベルに立っているかのように考えてしまう。そこに、再び「主体」が出現するのだ。つまり、マルクスやニーチェにあった外部性はうしなわれ、超越論的自己が超越的な立場になってしまう。( 206 頁)
超越的な立場にたってしまうかどうか。
それはけっきょく倫理の問題だ。
もちろん、道徳の問題ではない。

ビール 2 リットルと睡眠薬。

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