メモ 2004 年 1 月

'03 [03] [04] [05] [06] [07] [08] [09] [10] [11] [12]
now

01/31 sat

馬券は 2 戦 2 敗で 4 万円のマイナス。
すこし復調してきた感じ。



『考えるヒント 2 』小林秀雄(文春文庫)所収「天命を知るということ」、読了。
 分析的心理学は、心理実験の帰結として、意識の母胎たる無意識の存在を仮定せざるを得なかったのだが、この母胎の状態は、意識過程との接触としてしか捕らえられはしない。これは、在来の意識心理学が知らなかった非常な困難、或いパラドックスと言ってもよいものであろう。( 141 頁)
フロイトにはじまるこのパラドックスを、しかしフロイト以上に深刻に受けとめていた人はたぶんいない。
「細ヲ合シテ大ヲ成ス」という事は、宋儒は出来ると思い込んでいるが、実は決して出来ぬ事だ。「見ルトコロ大ナレバ、小ヲ遺サズ」という事はあるが、その逆は出来る事ではない、と彼は考えていた。大を見るという言葉が、事実の直知を意味するのは言う迄もない。( 141 頁)
この徂徠の考えは、量子力学みたい。
というより、小林秀雄がそういう読みかたをしてるのか。

競馬予想 TV を見ながらビール 2.5 リットルと睡眠薬。

01/30 fri

『城』カフカ 前田敬作訳(新潮文庫)。
この自由は自分が戦いとったもので、他人にはとてもできないことだろう( 181 頁)
しかし、それと同時に、この確信もおなじくらいつよかったのだが、この自由、こうして待っていること、こうしてだれからも干渉されずにいられること以上に無意味で絶望的なことがあるだろうかという気もするのだった。( 181 頁)
カフカの小説は絶望的に笑える。



テレビを見ながらビール 1.5 リットルと麦焼酎「いいちこ」の梅割り 5 杯と睡眠薬。

01/29 thu

『君繋ファイブエム』ASIAN KUNG-FU GENERATION

たしかにいろんなものに似てる。
でも、わりと好き。
まだ聴き流しただけの段階だけど。

『 A Long Week-end 』 KAJI Hideki

カジ君はやっぱり好き。
ただ、カジヒデキなのか、 KAJI Hideki なのか、加地秀基なのか、表記を統一しろといいたい。
声を小にして。



『城』カフカ 前田敬作訳(新潮文庫)。
ここでは空気すらも故郷の空気とは異質で、その異質な空気のために息がつまりそうでありながらも、その妖しい魅力にたぶらかされてこのまま歩きつづけ、道に迷いつづけることしかできないという感じをたえずもちつづけていた。( 75 頁)
カフカの小説って、こんな感覚が延々とつづくのが多いんだよな。
犬が絶望にかられて地面を掘りかえすように、たがいに肉体をあくなく掘りくりかえした。( 82 頁)


テレビを見ながらビール 1.5 リットルと麦焼酎「いいちこ」の梅割り 5 杯と睡眠薬。

01/28 wed

『ハルカリベーコン』HALCALI
『ストロベリーチップス』HALCALI



『城』カフカ 前田敬作訳(新潮文庫)。
道が無限につづくなんてこともあるまい。( 55 頁)
風邪薬のせいでか、やたら眠い。
本のあいだから、高校時代の写真が出てきた。
修学旅行のときので、担任の耳をひっぱってた。



『近代日本の批評・明治・大正篇(福武書店)柄谷行人編。
或る時期まではそうした和文と漢文訓読体とが並行共存していた。しかし、明治の新邦語の乱造は――哲学、思想、批評、恋愛などは本来漢語ではない――そういうことを不可能にしたのである。( 14 頁)
野口武彦のレポートから。
そうか、そうだったのか。

『はじめの一歩 64 ・ 65 』森川ジョージ
『最強伝説黒沢 2 』福本伸行

テレビを見ながらビール 2 リットルと麦焼酎「いいちこ」の梅割り 3 杯と睡眠薬。

01/27 tue

運輸支局で名義変更の手続き。
これで晴れて自分の車。
いや、名義上は会社の車なんだけど。

それにしても、乗ればのるほど好きになってる。
ちょっと下品に見えるくらいのスタイリングとか。
パワーバンドに入ったときのフィーリングとか。
今まで乗ってた車にくらべて、あきらかに車体剛性が高いとことか。



『坂口安吾全集 15 』(ちくま文庫)所収「不良少年とキリスト」「敬語論」「探偵小説を截る」「太宰治情死考」、読了。
 親がなくとも、子が育つ。ウソです。
 親があっても、子が育つんだ。( 393 頁)
「不良少年とキリスト」は、たぶんもっとも正確で良質な太宰治論。

テレビを見ながらビール 2 リットルと麦焼酎「いいちこ」の梅割り 3 杯と睡眠薬。

01/26 mon

黒澤優と高橋マリ子の出てたマシェリの CM が見つかったんで、何回も見た。
何年前のことだっけ。
あの時期のあのふたりは本当にかわいくて、そんなふたりが共演したなんて奇跡だったんだと思う。
ふたり一緒のでっかいポスター、ヤフオクに出品されてないかな。



テレビを見ながらビール 2 リットルと睡眠薬。

01/25 sun

『量子の謎を解く』 F ・ A ウルフ 中村誠太郎訳(講談社ブルーバックス)。
私は集団的無意識なるものが存在するということを信じない。それはわれわれが探し求めるときに創り出されるものである。ちょうど物理学者が、実在の下部秩序を探すときに "隠れた変数" を創り出すのと同じことである。( 274 頁)
ボクもユングのいうような集団的無意識なるものの存在は信じないし、信じたくもない。
信じようとする人もきらいだ。
そんなのなしでも生きていけるから。
だけど、 "隠れた変数" を探す人をきらいにはなれない。



馬券は 1 戦 1 勝で 3 万 2 千円のプラス。



『考えるヒント 2 』小林秀雄(文春文庫)所収「哲学」、読了。
反省を止めた合理主義は、思想として薄弱である。彼は、これを「大悟ノ下ニ奇特ナシ」と言った。朱子学は大悟している。孔子という反省する人、考える人を失った観念で充たされている。( 113 頁)
本人は反省しつづけているつもりで、そのじつ無反省におちいっているというのがいちばん多いパターンだと思う。



テレビを見ながらビール 2 リットルと麦焼酎「いいちこ」の梅割り 3 杯と睡眠薬。

01/24 sat

『量子の謎を解く』 F ・ A ウルフ 中村誠太郎訳(講談社ブルーバックス)。
特殊相対論は、光の速度がつねに一定であるという観測事実にもとづいている。観測者が光源もしくは受け手に対して動いていようといまいと、光速度はつねに一定であり、またそのことは、観測者の運動の速さとも無関係である。( 240 頁)
これって、信念にもとづいてるんじゃないのかな。



テレビを見ながらビール 1.5 リットルと麦焼酎「いいちこ」の梅割り 3 杯と睡眠薬。
やる気が出ん。
競馬予想 TV すら見なかった。

01/23 fri

車に乗ってみた。
クラッチが重い。
半クラの位置がわかりづらくて、 2 時間で 3 回もエンストさせた。
フランス車にたいする先入観とは反対に、足回りは硬めの印象。
ただ、 9 万キロちかく走ってあるせいでショックがへたってるのか、ちょっと攻めこむとロールの収束がおそい。
もともとそういう足の車だってこともあるんだろうけど、慣れるまで違和感がのこりそう。



風と光の中で、美しいものがさらに美しく見えた。



『考えるヒント 2 』小林秀雄(文春文庫)所収「天という言葉」、読了。
客観的態度という言葉を弄しているうちに、考えてみれば、客観的態度というような、文化に対し、普通、人間が取れもしない態度が身に付いて了うものらしい。( 113 頁)
文化人類学だとか。
過去の根を失った文化が狂う事は誰もよく知っているのだ。( 115 頁)
ここらあたり、過去の根を失うことをまったく恐れなかった、というより、恐れる必要のなかった安吾とは正反対だ。
今の文化がどう狂っていようとも、それが日本の文化であることに違いはない。
そういう安吾のほうをボクは支持する。



ビール 2 リットルと睡眠薬。

01/22 thu

『ファウスト 第二部』ゲーテ 高橋義孝訳(新潮文庫)、読了。
往こうか、戻ろうか、
決心がつかないのです。
大きな坦々たる道の真ん中で、
足許がよろよろするのです。
段々方角がわからなくなって、
見当が全く狂ってきて、
自他の荷厄介になり、
息をしながら息苦しい想いで、
窒息はしないまでも生きた心地がしない。
絶望はしないが、釈然とはせず、
絶えず右往左往して、
諦めるには辛く、無理にやるのも厭で、
解放されたかと思うと束縛され、
睡りも浅く、心から休めず、
だからその場で立ち往生で、
とどのつまりは地獄行きなのです。( 414 頁)
これは「憂い」の自己紹介。
現代なら「鬱病」の自己紹介といっても、べつにおかしくもない。



車が来た。
でも、保険の契約がまだなので、乗るのはあしたから。



ビール 2 リットルと睡眠薬。

01/21 wed

『ファウスト 第二部』ゲーテ 高橋義孝訳(新潮文庫)。
迷いがあって初めて分別を持てるようになる。( 199 頁)
ホムンクルスって、けっきょくなんだったんだろう。



『量子の謎を解く』 F ・ A ウルフ 中村誠太郎訳(講談社ブルーバックス)。
"今" という瞬間的な実在の経験は、何ら矛盾をはらんでいない。実在が矛盾して見えるのは、われわれ観測者が認識の歴史を構成しようとするときである。( 165 頁)
こういうボクらにとってすでに自明のものとなってる認識の、出てきたときの衝撃を新鮮にあじわいたい。
解説書じゃ、やっぱりだめだな。
もっとも、この本がただの解説書かどうかはまた別として。



『 W ・ A ・ モーツァルト ピアノ・ソナタ 11 番・ 12 番・ 13 番・ 14 番』グレン・グールド(ピアノ)



『近代日本の批評・昭和篇〔上〕(福武書店)柄谷行人編、読了。
柄谷 ハイデッガー的な実存主義がロマン派的なものだということは、最近は誰も言わないね。ナチズムに加担したとかそんなことばかり言って。本当は、に加担したかではなく、いかに加担したかが問題なんだ。( 230 頁)
対象の選択は、方法の選択がなされた後に行われてるんだと思う。
柄谷 しかし横光は非常にアクチュアルなところでやろうとした人です。『上海』を書いたり『旅愁』を書いたりね。アクチュアルなところでやろうとしてきた人というのは、最終的には評価が悪いね。横光はかわいそうな人だ。( 239 頁)
横光利一の小説をそんなにおもしろいと思ったことはないんだけれど、同じ高校の出身ということで、ちょっと変な思いがある。
もちろん、彼のころは高校じゃなくて旧制中学だったんだけど。

ビール 2 リットルと睡眠薬。

01/20 tue

『ファウスト 第二部』ゲーテ 高橋義孝訳(新潮文庫)。
自分を征服できない人に限って、
思い上がって他人の意志を自分の思い通りにしようとするのですから……( 152 頁)
キリスト教以前の世界を考えるとき、ギリシャへ行かなくてはならないんだろうか。



『量子の謎を解く』 F ・ A ウルフ 中村誠太郎訳(講談社ブルーバックス)。
 ギリシャ人によって観測された "全体" は、いつでもその "部分" の合計より大きかった。しかし、 "力学の時代" に考えられた "全体" は、部分の合計とぴたりと一致した。( 47 頁)
車がなくて図書館に行けないんで、家にある本を。
量子力学の基本的な考えかたを数学力ゼロのボクにもわかりやすく教えてくれる本。
わかりやすすぎるくらい。



『 W ・ A ・ モーツァルト ピアノ・ソナタ 11 番・ 12 番・ 13 番・ 14 番』グレン・グールド(ピアノ)



『近代日本の批評・昭和篇〔上〕(福武書店)柄谷行人編。
蓮實 人は「花の美しさ」を論じうるんですよ。「美しい花」を分析 = 記述することでね。その段階を踏むことなく小林的に表象性を否定することは、何も言っていないと同じなんです。( 218 頁)
ビール 2 リットルと睡眠薬。

01/19 mon

『 W ・ A ・ モーツァルト ピアノ・ソナタ 11 番・ 12 番・ 13 番・ 14 番』グレン・グールド(ピアノ)



『近代日本の批評・昭和篇〔上〕(福武書店)柄谷行人編。
蓮實 断定肯定命題そのものによって小林秀雄を批判しても、さして面白くはないんですよ。あえて論証ぬきで断定を下すというのは、批評家の才能の一つであり、これができない人は文学に近づかないほうがよろしい。問題は、内包を確定せずに話をすすめたときに放棄した合理的論理性をどう処理するかという倫理なんだ。( 181 頁)
そういう倫理というのは、ある種の戯れにしかみえないときがある。
だからこそ「倫理」という言葉をつかってるんろうけれども。
柄谷 保田が、日本武尊から、後鳥羽院、芭蕉とやってくるのは、持続というより、それぞれが切断であり、切断としてつながっているということでしょう。ロマン派といっても、彼はアイロニカルなのであって、実はありもしないものの系譜をあると言っているわけです。( 188 頁)
そのとき保田が魅力的にみえてしまうというのは、よくわかる。
いやだけど。
浅田 ベンヤミンとシュミットの間でロマン主義の問題を考え直すことが重要だと思う。( 190 頁)
ビール 2 リットルと睡眠薬。

01/18 sun

朝 4 時に起きて競馬予想。



ビール 1.5 リットルと睡眠薬で朝寝。



馬券は 1 戦 1 敗で 2 万円のマイナス。



テレビを見ながらビール 3 リットルと睡眠薬。



心配。

01/17 sat

『考えるヒント 2 』小林秀雄(文春文庫)所収「還暦」、読了。
意識的であるという事は、合理化されたか客体という己惚れ鏡を持っているという事に過ぎなくなる。内省によって捕えられる意識が、すっかり外部に投影されて了うのである。( 104 頁)
そういうことをはっきり知っていた小林秀雄自身ですら、己惚れ鏡をすてきれていたかどうか。



馬券は買わず。



競馬予想 TV を見ながらビール 2 リットルと睡眠薬。

01/16 fri

『ファウスト 第二部』ゲーテ 高橋義孝訳(新潮文庫)。
資性は罪悪、精神は悪魔だ。
これら二つが夫婦になって、懐疑という名の、
見るもぶざまなふたなり児を産むのだ。( 26 頁)
ボクらには、もう避けられない。



『考えるヒント 2 』小林秀雄(文春文庫)所収「ヒューマニズム」、読了。
個性尊重の風潮或は教育に養われたのは、個性の仮面を被った自負に過ぎない。( 78 頁)
たぶん、自負心は捨てるものじゃなくて、忘れるものだ。



『 W ・ A ・ モーツァルト ピアノ・ソナタ 1 番・ 2 番・ 3 番・ 4 番・ 5 番・ 6 番「デュルニッツ」』グレン・グールド(ピアノ)



テレビを見ながらビール 2.5 リットルと睡眠薬。

01/15 thu

『ファウスト 第一部』ゲーテ 高橋義孝訳(新潮文庫)、読了。
それが今ではそのあたしが罪にまみれている。
だけど――こうなるまでの一切合財のこと、
まあなんてよかったんだろう、なんて嬉しかっただろう。( 225 頁)
堕ちていくことがこのうえもない幸せであることって、ある。



『近代日本の批評・昭和篇〔上〕(福武書店)柄谷行人編。
しかし、大衆から遊離しないような「知」があるだろうか。幾何学は自然に負うかのようにみえるが、まさにそこから遊離したときにはじめて幾何学たりうるのである。知は、大衆 = 自然と遊離しているがゆえに、知である。( 134 頁)
同じことを言っても駄目な人もいる。
多くの私小説的作家にとって、自らの恥を書くことが文学であったが、彼にとって、「恥」は「書く」こと自体にある。( 162 頁)
「恥」とか「罪」を自意識でいくら追究しても、自己欺瞞の罠からはぜったいに出られない。



『 W ・ A ・ モーツァルト ピアノ・ソナタ 1 番・ 2 番・ 3 番・ 4 番・ 5 番・ 6 番「デュルニッツ」』グレン・グールド(ピアノ)



テレビを見ながらビール 2.5 リットルと睡眠薬。
綿矢りさちゃんって可愛いなあ。
本を読む気はしないけど。

01/14 wed

『近代日本の批評・昭和篇〔上〕(福武書店)柄谷行人編。
蓮實  問題は、小林が個人と社会という関係でしか思想としてのマルクス主義をみてないことで、それは「社会化した私」って言葉にも出ていると思うけど、実は、個人と社会との関係の絶対性を導きだす力が「宿命」と彼が呼ぼうとしたもののわけで、そのことを小林は視点に入れていない。まるで社会が「私」にとっての「宿命」みたいになってしまってるんです。( 94 頁)
あるていど覚悟して、あえてやってた面もあったとは思うんだけれども。
蓮實  なぜそこを小林が楽に越えてしまったかと言うと、彼が「父親」を語らなかったからですね。半孤児というか母子家庭なんですね。つまり核家族の父 = 母 = 子の問題が浮上すべききなのに、それを半孤児の、母親と子供の話にしちゃっている。それには両親というものの葛藤がまったく入ってこない。小林にいちばん欠けているのはそこで、しかも自分は兄みたいになっちゃって父にはならなかったわけでしょ。( 120 頁)


『ファウスト 第一部』ゲーテ 高橋義孝訳(新潮文庫)。
貴様もいつかきっと自分が神に似ているのが怖くなるだろう。( 126 頁)
似てるのかね。
宗教が違うと、まったくわからん感覚。



テレビを見ながらビール 2.5 リットルと睡眠薬。

01/13 tue

『ファウスト 第一部』ゲーテ 高橋義孝訳(新潮文庫)。
いっそあなたがあいつらに天の光の照り返しをおやりにならなかったなら、
あいつらも、もう少しましな暮らしができたかも知れません。
あいつらはその照り返しを理性と呼んで、どんなけだものよりも、
もっとけだものらしく振舞うためにその理性を利用しているんです。( 23 頁)
どんどん臆面がなくなっていくな、ボク。
まったく、ずうずうしい。



『近代日本の批評・昭和篇〔上〕(福武書店)柄谷行人編。
小林の批評がマルクス主義あるいは現代の批評の観点からみて正確且つ新鮮に見えるのは、一九三五年までである。おそらく、小林において、「宿命」の意味合いが変わったのだ。それは、社会的な諸関係の絶対性ではなくて、あったことはあったことだという「驚くべき事実」を肯定する「世の所謂宿命」の意味になっている。( 33 頁)
初期のころの小林秀雄を読みかえしたいんだけど、いま手もとにないんだよな。
ちかごろ全集が再発されてたけど、装丁がどんどん安っぽくなっていってるし。
こういうとき、近くにある古書店がブックオフだけなのはつらい。
大阪にいたころは、徒歩 5 分のところに天牛書店があったからなあ。
蓮實  しかし、小林秀雄のほとんどポストモダン的とも言える無教養と歴史感覚の不在は、大衆文化状況と甘美に合体すべき運命にあったわけで、小林をもとりこんだそうした状況を批判しうるとしたら、転向後は本格的な教養の側にしかなかったわけですよ。( 77 頁)
小林秀雄の無教養というのは、彼が選んだ姿勢だ。
もちろん、「宿命」的に。



テレビを見ながらビール 2.5 リットルと睡眠薬。
りょうは綺麗だなあ。

01/12 mon

馬券は買わず。



『悪霊(下)』ドストエフスキー 江川卓訳(新潮文庫)、読了。

主人公スタヴローギンは 10 歳だか 11 歳だかの少女マトリョーシャと肉体的な関係をもつ。
そのことでマトリョーシャは <神さまを殺してしまった> と感じ、縊死する。
そのことを予感し、確信しつつ、近くにいながらスタヴローギンはそれをとめない。
彼はマトリョーシャの自殺を確認して、立ち去る。
私は犯罪のことを、彼女のことを、彼女の死のことを悔やんだのではない。ただただ私はあの一瞬だけが耐えられなかった、どうしても、どうしても耐えられなかった、なぜなら、あのとき以来、それが毎日のように私の前に現われ、私は、自分が有罪と認められたことを完璧に知らされたからである。( 573 頁)
ほとんど絶対的ともいえるような罪。
「聞いてください、チホン神父。ぼくは自分で自分を赦したい。これがぼくの最大の目的、目的のすべてなのです ! 」ふいにスタヴローギンは暗い歓喜の表情を目に浮べて言った。「そのときにはじめて幽霊が姿を消すだろうことを、ぼくは知っています。だからこそぼくは、無際限の苦しみを求めているのです。自分から求めているのです。」( 585 頁)
彼のもとに赦しが訪れることはなく、物語の最後に彼もまた縊死する。

ドストエフスキーが『カラマーゾフの兄弟』の続編を構想どおりに書きえたとして、こういう罪を救えたんだろうか。
あのアリョーシャの。



テレビを見ながらビール 2.5 リットルと睡眠薬。

01/11 sun

馬券は 1 戦 1 敗で 1 万円のマイナス。



『考えるヒント 2 』小林秀雄(文春文庫)所収「考えるという事」、読了。
生活経験が、私達の意識に直接語りかけてくるところを聞けば、歴史とは、決して、過去現在未来と、遠近法に従って並んでいるものではない。歴史に、過去、現在、未来があるとは、空間に三次元があるようなものだ、そんな事を経験は決して告げてはいない。( 78 頁)
小林秀雄のこういう認識は、ほんとうに「生活経験」から来たんだろうか。
こんなの「知識」から来たにきまってる。



テレビを見ながらビール 2 リットルと睡眠薬。
宮本真希の食べっぷりは、見ててきもちいい。
はくしゅ、はくしゅ。

01/10 sat

『悪霊(下)』ドストエフスキー 江川卓訳(新潮文庫)。
この地上にある一日があり、大地の中央に三本の十字架が立っていた。十字架にかけれらていた一人が、その強い信仰ゆえに、他の一人に向かって、『おまえはきょう私といっしょに天国へ行くだろう』と言った。一日が終わり、二人は死んで、旅路についたが、天国も復活も見いだすことができなかった。予言は当たらなかったのだ。いいかね、この人は地上における最高の人間で、この大地の存在の目的をなすほどの人だった。( 438 頁)
復活しないイエス。
ただの人間として有機体としてイエスが死んだのだとして、「そこにこそ」信仰を求めるということは可能なんだろうか。
いや、「そこにこそ」とか「それだからこそ」といってしまうと、問題がずれちゃうな。
卑近だからこそ愛すってことは、可能どころか、ありふれたことだもの。

そうじゃなくて、信仰していたものが高尚ではないとわかったとき、そのときにこそ見つけられるような高尚さというのはあるんだろうか。
「この世でいちばんむずかしいのは、嘘をつかずに生きることですね、それと……それと、自分の嘘を信じないこと、そう、そう、これですよ ! 」( 490 頁)


馬券は買わず。



『言葉と悲劇』柄谷行人(第三文明社)所収「ドストエフスキーの幾何学」、読了。
 先ほどの平行線の話でいうと、神と人間の平行線ということを考えればいいと思うんですが、その平行線がどこかで交わってしまう、そういう特異点、すなわち無限遠点みたいなものとして、いわばキリストがいるわけですね。それで、キリストがいないならば、うまくいく。いわゆる人間中心主義も、神と人間の二元性という考え方も、キリストがいなければ、ともに可能です。しかし、そこにキリストを入れると、うまくいかなくなってしまう。( 73 頁)
キリストを切り離してドストエフスキーを考えることは不可能だ。
いっつもそのことばかり書いてた人なんだから。
 ということは、作者が、作品という単一体系の外にいるわけではなくて、その中に入ってしまうということです。これこそがまさに、ポリフォニックな多数体系的もののありようなんですね。サルトルのように、一つの視点ではなく、たくさんの視点をとったからといって、ポリフォニックになるわけではありません。( 75 頁)
一般的にポリフォニックといわれるとき、むしろサルトルの考えのようなものがイメージされてるんだと思う。

テレビを見ながらビール 2.5 リットルと睡眠薬。

01/09 fri

『坂口安吾全集 15 』(ちくま文庫)所収「ヤミ論語」「作品の仮構について」「帝銀事件を論ず」「白井明先生に捧ぐる言葉」「不思議な機構」「私の葬式」、読了。
扉に外套がひっかかっている、電車が動き出す、外套をはさまれた男は止めてくれ、助けてくれ、と電車とともに走り出す、ホームの人はようやく気づく、気づいたときには男はすでにホームをひきずられている、ホームの人がワアワア騒ぐが、後部の車掌は平然とホームの騒ぎに睨みをくれて、やがて車は人をブラ下げてひきずりつつ闇へ消え去る。これは私が東京新聞の記者とともに目撃した事実なのである。( 358 頁)
なんていうか、ものすごい殺され方だ。
 三百、五百とつみ重ねてある焼屍体に、合掌するのは年寄の婆さんぐらいのもので、木杭だったら焼けても役に立つのに、まったくヤッカイ千万な役立たずめ、というグアイに始末をしている人夫たち、それが焼け跡の天真ランマンな風景であった。まったく原色的な一つの健康すら感じさせる痴呆的風景で、しみる太陽の光の下で、死んだものと、生きたものの、たったそれだけの相違、この変テコな単純な事実の驚くほど健全な逞しさを見せつけられたように思った。これが戦争の姿なんだ、と思った。( 356 頁)
戦争というのは、やっぱり想像を絶している。
 いったい、なにを憎んだらいいのだ。なにも憎む必要はないのだ。人の宿命の悲しさに思いいたれば、憎むべきなにものもあるはずはない。( 365 頁)


保険屋さんが中古車を見せにきてくれる。
98 年式のプジョーの 306 スタイル。
話をきいてた段階では初期型の N3 か後期型の N5 か分かってなくて、ピニンファリーナがデザインにかかわった N3 タイプのほうがいいかもなんてなんとなく思ってたたんだけど、じっさいに見たら N5 もすごいかっこええの。
ひと目で惚れた。

乗ってみて、さらに惚れた。
きびきび走ってくれる。
トランスミッションがマニュアルなのが、なによりいい。
ハンドルとかクラッチが適度に重いのも、いい。
右ハンドルなのも、もちろんいい。
ウインカーを出すつもりで、ワイパーを何度もうごかしちゃたのはお約束、か。

マニュアルトランスミッションに 3 ドアと、妻にとって気に入らない条件がそろっていたのが心配だったけれども、なぜか即 OK が出る。
納車の日が待ちどおしい。



美しい、美しい、美しい。



テレビを見ながらビール 3 リットルと睡眠薬。

01/08 thu

『悪霊(下)』ドストエフスキー 江川卓訳(新潮文庫)。
「奥さんというと、スイスにいたあの人かい ?  それはいい。きみがあんなふうに駆けこんできたのも、やっぱりいい」( 363 頁)
キリーロフはいい。
シャートフも、やっぱりいい。



自己紹介は苦手だ。



テレビを見ながらビール 2.5 リットルと睡眠薬。

01/07 wed

『モオツァルト・無常という事』小林秀雄(新潮文庫)所収「モオツァルト」、読了。
モオツァルトのかなしさは疾走する。涙はおいつけない。( 37 頁)
グールドの弾くモーツァルトは、やっぱり正しい。
正しいという言葉を使用させるという点においてすら、正しい。
tristesse (かなしさ)を味う為に涙を流す必要がある人々には、モオツァルトの tristess は縁がない様である。( 36 頁)
感傷という余計なものは、発生するひますらない。
ベエトオヴェンは短い主題を好んで使ったが、モオツァルトに比べれば余程長いのである。言葉を代えれば、モオツァルトに比べて、まだまだメロディイを頼りにして書いているとも言えるのである。( 41 頁)
自然と観念。
彼は何もわざわざ主題を短くしたわけではない。自然は長い主題を提供する事が稀れだからに過ぎない。長い主題は工夫された観念の産物であるのが普通である( 41 頁)
「自然」を知ることはできない。
そんなことを願った時点で、「自然」はもう消えてしまう。
できることは、「自然」が内蔵する必然性にそって歩くことだけだ。
 モオツァルトは、目的地なぞ定めない。歩き方が目的地を作り出した。彼はいつも意外な処に連れて行かれたが、それがまさしく目的を貫いたという事であった。( 55 頁)
ここで小林秀雄のいう「歩き方」とは、現代的な意味での「方法」というようなものではない。
人間の為た事なら何事も他人事ではない。( 27 頁)


テレビを見ながらビール 2.5 リットルと睡眠薬。

01/06 tue

『悪霊(下)』ドストエフスキー 江川卓訳(新潮文庫)。
「リーザ !  きのうはいったい何があったんだろう ? 」
「あったことがあったのよ」
「それはひどい !  それは残酷だ ! 」
「残酷だからってどうなの、残酷だったら、お耐えなさいな」( 282 頁)
こたえるなあ。



『坂口安吾全集 15 』(ちくま文庫)所収「新人へ」「阿部定という女」「感想家の生まれでるために」「天皇陛下にささぐる言葉」「モン・アサクサ」「私の探偵小説」「机と布団と女」「探偵小説とは」、読了。
 天皇が人間ならば、もっと、つつましさがなければならぬ。天皇が我々と同じ混雑の電車で出勤する、それをふと国民が気がついて、サアサア、天皇、どうぞおかけ下さい、と席をすすめる。これだけの自然の尊敬が持続すればそれでよい。天皇が国民から受ける尊厳の在り方が、そのようなものとなるとき、日本は真に民主国となり、礼節正しく、人情あつい国となっている筈だ。( 293 頁)
どんどん民主国から離れていっちゃってる。
 本当に礼節ある人間は戦争などやりたがる筈はない。人を敬うに、地にぬかずくような気違いであるから、まかり間違うと、腕ずくでアバレルほかにウサバラシができない。地にぬかずく、というようなことが、つまりは、戦争の性格で、人間が右手をあげたり、国民儀礼みたいな狐憑きをやりだしたら、ナチスでも、日本でも、もう戦争は近づいたと思えば間違いない。( 294 頁)
なんたって、狐憑きみたいな人が首相なんだから。



テレビを見ながらビール 3 リットルと睡眠薬。

01/05 mon

馬券は買わず。



『考えるヒント 2 』小林秀雄(文春文庫)所収「弁明」、読了。
 仁斎に、「六経ハ画ノゴトク、語孟ハ画法ノゴトシ」という言があるが、彼の読書態度から推せば、語孟も亦、読んで字の如しで済ませる本ではなく、見て見飽きぬ画の如きものであったろう。例えば、彼の従兄弟の光琳や乾山が、鳥や花を深く愛したと同じ意味合いで、仁斎には、語孟という精神的実在が、よく信じられていたと考えて差支えない。( 58 頁)
この本、まいにち風呂で 2 ページくらいずつ読んでる。
そういう読みかたが合うかと思って入浴時用に選んだんだけど、失敗だったかもしれない。
まるで「画」のようにながめているみたいで、小林秀雄という「精神的実在」を信じているのかどうか常に自分に問わなくちゃならなくてつかれる。
ほんとうは、そんなことどうだっていいのに。



テレビを見ながらビール 2.5 リットルと睡眠薬。

01/04 sun

『悪霊(下)』ドストエフスキー 江川卓訳(新潮文庫)。
彼女が破滅したこと、完全に破滅したことは、私にとって疑問の余地がなかった。( 252 頁)
離人感が出てきたのか、本を読めなくなってきた。
言葉があたまのうわっ面をすべっていくような感じ。



テレビを見ながらビール 2.5 リットルと睡眠薬。

01/03 sat

『坂口安吾全集 15 』(ちくま文庫)所収「詐欺の性格」「現代とは ? 」、読了。
蒙昧は罪悪である。善人的蒙昧は罪が深い。罪は常に自覚せられなければならぬ。( 265 頁)
善人的蒙昧に陥ることを避けるために緊張しつづけること。



テレビを見ながらビール 2.5 リットルと睡眠薬。

01/02 fri

初夢は産まれてくる子供のためにゼビア・コーターが MH 「源太が産衣」を設計・製作してくれているというもの。
男の子 ?
ていうか、狂ってるな、ボク。



夕食は義父母の家で。
きょうも義祖母もいっしょ。
あと義姉夫婦とかわいい姪っ子。
寿司だったので食いまくり。
ビールも飲みまくたった。



泥酔しつつ、義父母の家でお泊り。

01/01 thu

ナイナイ岡村のカウントダウンで年越し。
ビール 2.5 リットルと睡眠薬。



山田花子と山咲トオルの運転を見ながらビール 1.5 リットル。
もう誰の運転も笑えやしねえ。
大笑いしたけど。



夕食は義父母の家で。
義祖母もいっしょに。
車を壊したボクに優しい言葉ばかりかけてくれる義父母には永遠に頭があがらん。
感謝のしるしに焼酎を飲みまくったった。



泥酔しつつ、義父母の家でお泊り。

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