06/30 mon
クリニックへ。
待合室でよく見かけるものすごく透明な感じのする女の人、外界のすべてを受け入れているような外界のすべてを通り抜けさせているようなそんな人、なのに今日はソファーの上で抱えた膝に頭をうずめていた。
『永遠と瞬間』曽我部恵一(ユニバーサル J )を、なんどもなんども。
音楽を好きで良かった。
サニーデイを好きで良かった。
曽我部を好きで良かった。
まだ…、まだ生きよう。
まだまだ生きよう。
なんて。
もうずっと思ってる 人生は強力な安い薬だと
とつぜんに終わる
「 She's a Rider 」
ちなみに、このアルバムは、
「愛のかけら」以外の歌詞は、
作者の意図によりプリントされていません。
ということなので、上述の歌詞も耳で聴き取ったもの。
これから先この「メモ」でこのアルバムの歌詞を引用してあるときは、全部そうだと思います。
なので間違ってるかも。
『ヒューモアとしての唯物論』柄谷行人(筑摩書房)所収「中野重治と転向」
中野の表現が近代文学のものでないとしたら、それが似ているのはたとえば「マルコ伝」のような表現である。それは断片の集成からなっていて、その断片は多義的で矛盾にみちている。それを一義的に統一する視点はない。にもかかわらず、それらの断片群は「キリスト教」といった教義にないような、人間の生の構造を指し示すのである。
ペテロは下の方の中庭にいたのだが、そこに下女の一人が来て、たき火にあたっているのを見つけ、しげしげと顔を見ていった、
「あんたもナザレ人イエスと一緒だったね。」ペテロはこれを否定し、「そんな人は知らんよ。お前さんは何を言いたいのかわからないね」と言いそらして、前庭のところまで出て行った。ところがその前庭でまた同じ下女に見つかってしまった。彼女はまわりに立っている人々に、「こいつはあの男の一味だよ」と言った。ペテロはまたもそれを否定した。だがまたしばらくしてから、まわりに立っている人々が、「いや、やはりこいつはあの男の一味だ。ガラリヤ人なのだからな」といった。ペテロは誓いの言葉を繰り返しつつ、言った。
「あんた達の話している者のことなどわしは知らん」。
すると、すぐに鶏が二度目に鳴いた。ペテロは、鶏が二度鳴く前にお前は三度私を否認するだろう、と言ったイエスの言葉を思い出して、泣き出し、泣き続けたのであった。
たぶんこれは転向が描かれた最初の文章であろう。ペテロはイエスを三度否認し、そして泣く。ここでは、彼の心理は描かれず、たんに言葉と行為だけが書かれている。だが、内面的・心理的でないこの文章は、ある内面的態度をはらんでいる。
聖書は、なにかいつも突き放してくる。
だから、「泣き出」せず、「泣き続け」られない。
ただ揺さぶられる。
『坂口安吾全集 15 』所収「思想なき眼」、読了。
『 J ・ S ・バッハ イギリス組曲』グレン・グールド(ピアノ)
これらでビール 1.5 リットルと芋焼酎と睡眠薬。
06/29 sun
朝 5 時起床。
『 The Best Of Van Morrison 』 Van Morrison
競馬の予想を終わらせてから、いいちこをストレートで 5 杯と睡眠薬で昼寝 2 時間。
競馬は 2 戦 1 勝で 13 万の儲け。
でも、フォームは崩れたまま。
『ヒューモアとしての唯物論』柄谷行人(筑摩書房)所収「中野重治と転向」
ここでも、もし「徹底性」があるとしたら、「どたん場」に立つことではなくて、「どたん場」に立ったことがないことを忘れないこと、そして「どたん場」に立ったと思い込みたくなることへの異和の「感じ」にとどまりつづけることである。どたん場とは、あるいは極限状況とはいつもフィクションであるから。
これを「徹底」することは、本当にむずかしい。
これと、録画しておいた「怪傑ズバット」の最終回でビール 1.5 リットルといいちこのストレート 4 杯と睡眠薬。
06/28 sat
『フロイト著作集 1 』懸田克躬・高橋義孝訳(人文書院)
競馬は 1 戦 1 敗で 2 万円のマイナス。
ひさしぶりにデパートへ。
田舎町のデパートでも、女性服の売り場を見てるとけっこう楽しい。
当たり前のようなブランドしか入ってないのに、それでも楽しい。
ボクはファッションセンスが皆無の人間だし、ファッションに興味もないんだけど、女の人の洋服を見るのは大好き。
フェチ ?
とにかく、 6 時間以上つきあわされたけど、ぜんぜん飽きなかった。
ダビスタ 99 をやりながら、
『賭けなきゃ書けない !! 』田端到を読みつつビール 2.5 リットルと睡眠薬 2 錠。
06/27 fri
『 Live Wood 』 Paul Weller
『 Live Rust 』 Neal Young & Crazy Horse
『 1 』 The Beatles
こんなん聴きながら宝塚記念の予想。
予想するときは収録時間の長い CD をかけることが多い。
CD を入れ替える手間を減らしたいから。
それにしてもニール・ヤングの『ライブ・ラスト』は名盤中の名盤だ。
大好き。
名曲ばっかりだし、演奏のテンションもすげえし。
聴きながら、一緒に歌っちゃう。
「ユー アー ライカァ ハリケーン」
とかいって。
それで、ジャケット(というか CD ケース)の裏の写真のニール・ヤングのギターのストラップにジミヘンのバッジが付けられてて、これがまた泣かせるんだ。
『フロイト著作集 1 』懸田克躬・高橋義孝訳(人文書院)
すなわち、夢をみた人に向かってあなたの夢はどんな意味をもっているのかときけばいいではありませんか。( 80 頁)
コロンブスの卵。
グリーンチャンネルを見ながらビール 1.5 リットルと睡眠薬 2 錠。
06/26 thu
競馬の考察。
『永遠と瞬間』曽我部恵一
友人と電話。
競馬話。
楽しい。
『ヒューモアとしての唯物論』柄谷行人(筑摩書房)所収「非デカルト的コギト」、読了。
『ヒューモアとしての唯物論』柄谷行人(筑摩書房)所収「中野重治と転向」
これは「転向」と「非転向」の対立と同じである。生か死か、文学か政治か、文学か生活かといったかたちで問われる「問題」は、根源的に見えるけれども、その明快さのなかに、ある欺瞞性がはらまれている。( 167 頁)
「対立」をずらして「差異」としてみるような視点(むしろ眼というべきか)を持ち続けるためには ?
『 J ・ S ・バッハ イギリス組曲』グレン・グールド(ピアノ)
これらでビール 2.5 リットルと睡眠薬。
精神状態が悪い。
06/25 wed
『狂気の歴史 - 古典主義時代における - 』ミシェル・フーコー 田村俶訳(新潮社)
『永遠と瞬間』曽我部恵一、購入。
さいこうです、音楽です。
ライブも楽しみ。
『ヒューモアとしての唯物論』柄谷行人(筑摩書房)所収「非デカルト的コギト」でビール 2 リットルと睡眠薬。
06/24 tue
めまいがひどい。
なんでだ ?
とてもじゃないけどフーコーは読めそうもなかったので、
『平家物語 1 』を。
「巻第二」、読了。
『フロイト著作集 4 』懸田克躬他訳(人文書院)
すなわち、言い違いや書き違いが起こった場合には、意識的な意図以外の心理過程による妨害があったものと考えられるのであるが、言い違いや書き違いは、類似の法則、便宜あるいは加速への傾向といった法則にしたがうだけで、妨害的な心理内容は、言い違いや書き違いや書き違いという形で現われる錯誤の中にその性質の一部をすら持ちこみえない場合が多いのである。( 190 頁)
どゆこと ?
「妨害的な心理内容」が表面に現われているような「言い違いの例」を、そもそもこの本でフロイト自身がたくさん採り上げてたんじゃなかったっけ ?
この部分は、この本でのこれまでの記述に対して違和があるような。
めちゃくちゃひっかかる。
ボクの読解に穴があるんだとしたら、それがどこか知りたい。
とにかく、この箇所についてはじっくり考えてみよう。
『ヒューモアとしての唯物論』柄谷行人(筑摩書房)所収「非デカルト的コギト」でビール 2 リットルと睡眠薬。
超越論的批判は、われわれが「対象」としているものが、われわれにとって不明な或る「形式」によって構成されたものでしかないことを示すものである。それは、われわれが想像している起源とは、べつの所、あるいは超越論的にのみ存するような起源に遡行することである。したがって、それは、ニーチェにおいて、系譜学と呼ばれるだろう。あるいは、フロイトにおいて精神分析と呼ばれるだろう。
フーコーにおいては、知の考古学。
06/23 mon
鼻毛ん中にしらが発見。
『狂気の歴史 - 古典主義時代における - 』ミシェル・フーコー 田村俶訳(新潮社)
ただもうひたすらに。
競馬でとか、やらなきゃいけないことも色々あるんだけど、これを読み終わるまでは手につきそうもない。
『ヒューモアとしての唯物論』柄谷行人(筑摩書房)所収「非デカルト的コギト」
『 J ・ S ・バッハ イギリス組曲』グレン・グールド(ピアノ)
『頭文字 D 19 巻』しげの秀一、読了。
こんなんでビール 2 リットルと芋焼酎のストレート 3 杯と睡眠薬。
ズバットの最終回は録画。
06/22 sun
3 時間くらいしか眠れず。
睡眠薬を 2 バーイにしたのに。
しかたないんで朝の 4 時から予想。
んで、ビール 2 リットルと睡眠薬で昼寝。
馬券は 4 戦 1 勝で 3 万 5 千円のプラス。
とはいえ、フォームを崩した買い方をしてしまって大反省。
『狂気の歴史
- 古典主義時代における - 』ミシェル・フーコー 田村俶訳(新潮社)
つまりそれは、デカルトがたどった長い道を、独断的にさえぎる間道のようなものである。それじたいとして決して分離されず二分されない意識を倍増することによって、また自己の決意のはてに、デカルトが発見したもの、それを医学は、意思と患者とにきり離したうえで、外側から押し付けるのである。
非理性は包囲される。
第一に「絶対的な覚醒」によって。
第二にイマージュを真似た真実によって。
そして、第三に「自然」によって。
だが、そのときにおいて「自然」とは、以下のようなものでしかない。
すなわち、〔自然の〕荒々しさが、〔自然の〕真理から遠ざけられ、野蛮さが自由からきり離されているような無媒介なもの、自然が反自然の幻想的な姿のなかに自分の姿を認められなくなるような無媒介なもの。要するに、自然が道徳によって媒介されているような無媒介なもの。
そして、
このように組織替えされた空間のなかでは、もはや狂気は、その空間において病気の自然現象面を超越するすべての事柄については、非理性の言語をけっして語ることができないだろう。
「知覚」が変容する場面。
「道徳的な知覚」へと。
そして、それを「中核として」心理学が産まれる。
狂気の真実としての心理学ではなく、今や狂気が、かつて非理性だったその真実から切り離されていることの徴表としての心理学が。
なにかが閉じられたように思える。
なにかが消されていくように思える。
なにかが殺されていくように思える。
だが、フーコーはこう書く。
だからこそ、フロイトを正しく評価しなければならない。
ある光。
フロイトは狂気をその言語の次元でふたたびとりあげ、実証主義によって沈黙させられた経験を形づくる本質的要素の一つを再構成したのだった。フロイトは、狂気の心理治療法の一覧表に重要な治療法を何一つつけ加えたわけではなかったが、医学的思考法のなかで、非理性との対話の可能性を復活したのだった。
すでに心理学はフロイトによって「批判」されているのだ。
それは経済学がマルクスによって「批判」されているように。
ボクはまた、柄谷行人に「着地」してしまった。
『畏怖する人間』柄谷行人(講談社文芸文庫)所収「意識と自然――
漱石試論 (1) 」、読了
ビール 2 リットルと睡眠薬。
小林のことばがつねに自虐的なアイロニーにみちているのは、「真実」をお秀のような理論家のように語ることができないからである。恥ずかしい進退窮まった地点からしか「真実」を語ることはできはしない、そうでない真実などは贅沢な連中の頭のなかにつまっている知識にすぎないのだ。
「進退窮まった地点」まで行くこと、行ってしまうこと。
そこでこそ、そこでだけ、見出される「倫理」。
そんなふうなことを感じたときに覚えるこの胸の苦しさは、哀しみなのか恐ろしさなのか。
『 J ・ S ・バッハ イギリス組曲』グレン・グールド(ピアノ)
06/21 sat
3 時間くらいしか眠れず。
『狂気の歴史
- 古典主義時代における - 』ミシェル・フーコー 田村俶訳(新潮社)
狂気はまったく純粋である、というのは、それは、心理のあらゆる現存から引き離された主観性が次第に消滅する地点以外のなにものでもないから。しかも狂気はまったく不純である。というのは、狂気というこの虚無は、悪の非−存在なのだから。
狂気のこの「二重の虚無」を慎重な手つきで明らかにしたあと、狂気の治療技術がいかに「この二つの基本的主題にもとづいて」いるかを、これまた慎重にフーコーは明らかにしていく。
うーん、おもしれえ。
競馬は 1 戦 1 敗でマイナス 3 万円。
今日は悔しかった。
ビール。
でも、精神状態が悪くて本は読めず。
プレステをひっぱり出してきてダビスタ 99 。
『愛と笑いの夜』サニーデイ・サービス
『初恋に捧ぐ』初恋の嵐
泣けるかと思って聴いてみたけど、泣けなかった。
もう何年も泣いてない気がする。
ビール 2.5 リットルに睡眠薬 2 錠。
06/20 fri
Olive がいま売ってる号でまた休刊になるらしいんでコンビニに見に行ったら置いてなかった。
しかたないんで本屋まで行って立ち読みしてみたものの、やっぱり過去のおもかげはない。
けど、最後だしいちおう買おうかと迷ってみたんだけど、松浦あややが載ってたんでやめにした、決定的に。
いや、決定論的に。
となりのコーナーに河出書房新社から出てる中上健次のムック本があったんで、それも見てみる。
サブタイトルに「没後 10 年 永久保存版」ってあるけど、どこに永久保存する価値があるんだか分かんない本だった。
中上健次・柄谷行人・村上龍の 3 人の鼎談だけ立ち読み。
本屋を出たときには 2 時間くらい経ってた。
でももう本屋に入ってもわくわくしなくなったなあ。
魅力のある新刊本なんて、ほとんど目につかないもの。
図書館に行くとあんなに楽しいのに。
『狂気の歴史 - 古典主義時代における - 』ミシェル・フーコー 田村俶訳(新潮社)
『畏怖する人間』柄谷行人(講談社文芸文庫)所収「意識と自然――漱石試論 (1) 」
離人感であまり読めず。
『 J ・ S ・バッハ イギリス組曲』グレン・グールド(ピアノ)
怪傑ズバットを見ながらビール 2 リットルと睡眠薬。
06/19 thu
『狂気の歴史
- 古典主義時代における - 』ミシェル・フーコー 田村俶訳(新潮社)
もはや人は、自分のなかの隠微な自然性によって病気におかされはしない。この世において、身体と精神を誘惑するすべてが原因となって、人はその犠牲となる。
しかも、このすべてにかんして、人は〔以前より〕いっそう罪がないと同時に、いっそう罪があるのである。
あいかわらずスリリングだ。
フーコーのこの慎重な足取りを可能にするのは、やはり知的体力といったものなのかしら。
『 Holland 』 The Beach Boys
『 L.A. (Light Album) 』 The Beach Boys
『畏怖する人間』柄谷行人(講談社文芸文庫)所収「意識と自然――
漱石試論 (1) 」
これは後悔である。そして、『こゝろ』の遺書の部分はすべて、なぜあのとき真実をいわなかったという後悔にみちている。だが、われわれはむしろこういうべきではないか、真実というものはつねに、まさにいうべき時より遅れてほぞをかむようなかたちでしかやってこないということを。そして、このずれにはなにか本質的な意味があるということを。
読みかえすたびに、この文章が胸にせまる。
頭にではなく、心臓に。
『 J ・ S ・バッハ フランス組曲』グレン・グールド(ピアノ)
怪傑ズバットを見ながらビール 2 リットルと睡眠薬。
06/18 wed
『狂気の歴史
- 古典主義時代における - 』ミシェル・フーコー 田村俶訳(新潮社)
狂気はしたがって消極性(ネガティヴィテ)である。ただし種の園に思慮ぶかく配置されている豊かさにもとづいて、おびただしい現象のなかに現れる消極性である。
抽象的なようでいて、手触りのある言葉。
『畏怖する人間』柄谷行人(講談社文芸文庫)所収「意識と自然――
漱石試論 (1) 」
李珍宇は彼が在日朝鮮人であるという事実性を否定してしまった。反省的レベルで否定したのではない。彼は在日朝鮮人であることをむろんよくわかっていたのだが、それは「私」自身からは疎遠な他者としての私としか感じられなかったのである。彼が拒否したのは現実ではなく、現実を現実として成りたたしめるような彼自身の同一性・連続性である。彼には他者はいるが、他者を感じることができない。だから殺した相手のことは知ってはいても、感じることができないのであり、こういう人間に罪悪感を要求しても「困ってしまう」ほかないのである。
一人の人間との関係を現実的にもちうることによって全現実をとりもどすということは、たとえば李珍宇が文通者との愛の関係においてはじめて被害者を現実的に感じられるようになったという手紙にも示されている。そのとき李珍宇は一挙に「世界」をとりもどし、同時に民族的アイデンティティをも回復するとともに、また現実的な罪の意識をもつことになり、今度はあらためて倫理的な問題に直面したわけである。
小沢健二が "LIFE IS COMIN' BACK"
(「ラヴリー」より)って歌ったのは、きっとそういうことだ。
そして、この曲が入ったアルバム「 LIFE 」(東芝 EMI )は、ほんとうに素晴らしい。
…… meet me meet me in your soul.
Please drop me in, drop me in your soul!!
「ドアをノックするのは誰だ ? (ボーイズ・ライフ pt. 1: クリスマス・ストーリー)」
怪傑ズバットを見ながらビール 2 リットルと睡眠薬。
06/17 tue
『畏怖する人間』柄谷行人(講談社文芸文庫)所収「意識と自然――
漱石試論 (1) 」
漱石の生をたえず危機に追いこんでいたのは、彼自身の存在の縮小感である。おそらくこれは自意識の問題ではなく、また彼の意識はこういう存在の縮小感のもとでどうすることもできなかったのである。」
「どうすることもできな」い。
怪傑ズバットを見ながらビール 2 リットルと睡眠薬。
宮内洋は大人だ。
06/16 mon
離人感。
友だちとメール。
すげえ救われる。
ありがとう。
『意味という病』柄谷行人(講談社文芸文庫)所収「マクベス論――
意味に憑かれた人間」、読了。
マクベスは「ありのままの私」を知って欲しいなどとはいわない。逆にいえば、シェークスピアは『マクベス』においてこそ「ありのままの私」を書いたのである。それは、すでに「ありのままの私」などありはしないことを知った人間をありのままに描くということにほかならない。
ふてぶてしい男なんだと思う、シェークスピアは。
すばらしい。
友だちと電話。
すげえ楽しかった。
救われた。
ありがとう。
そんなこんなでビール 3 リットルと睡眠薬 2 倍。
この量は、さすがにちょっとまずいかな。
06/15 sun
朝 6 時半起床。
わりとよく眠れた。
ただ、夢のせいで朝から精神状態は最悪。
とにかくがんばって予想をする。
勝負すべきレースがあったんで、 13 時から 15 時まで昼寝。
ビールも睡眠薬もなしで、なぜか眠れる。
静かな気分で目覚めて、静かな気分で競馬。
4 戦 1 勝も、勝負レース的中で 117 万くらいの儲け。
最悪の気分。
競馬で勝てば勝つほど精神状態が悪くなる。
幼少の頃から、目の前にいるはずの人や物が急に 50m 以上も離れたところにいるように感じられてきて、視界全体が写真のようにのっぺりと遠近感がなくなり、現実感が一気に後退していくという感覚に何度もおそわれてきました。
現実感の無くなった世界の中で、ひとりぼっち。
最近はそれが起こる頻度がどんどん上がってきたので睡眠薬をもらいに行ってるクリニックの先生に症状を話したら、
「それは離人症って言うのよ。」
と、あっさり言われてしまいました。
あ、やっぱり。
「花を花と感じたり、緑色を緑色と感じる。それが困難だって感覚はない ? 自分とものとの間に膜がかかってるような感じで。」
そういわれてみると、確かにそう。
それ、それ、それ !
僕の場合は自分とものとの間に水が満たされてるような感じで、ものを直接的に感じることができない状態。
そして、自分の存在と自分の行動すら現実として感じられない。
今月の 11 日と 12 日のメモに書いた柄谷行人からの引用は、まさに僕。
以前は競馬で大勝ちしたり大負けしたりすることで現実感に触れられたんだけど、今は少なくとも大儲けではそれができなくなってしまいました。
現実感がないんだから大儲けしても虚しいばかり。
むしろ、儲ければ儲けるほど虚無感がつのるような感じで。
7 桁台の儲けを連発してた時期は、生きる意欲がほとんどなくなってしまっていました。
負けたときはあるていどの現実感を感じられるんだけど、やっぱり損はしたくないしね。
とにかく、自分的にかなり厳しい状況なのは確か。
それでも、僕は競馬に賭けるのです。
「何を ?」
何かを。
『意味という病』柄谷行人所収「マクベス論――
意味に憑かれた人間」でビール 2 リットルと睡眠薬。
彼女が失ったのは「私は私だ」という明確な意識であって、それをなくした人間に罪感情というような現実意識はありえないのである。癒すことのできない、拭うことのできない決定的な自己損壊が彼女の意識の底の方に生じている。
「癒すこと」も「拭うこと」も「できない」なら、道は ?
06/14 sat
朝 4 時半に起きる。
予想をしてからビール 1 リットルと睡眠薬で 12 時から 14 時まで昼寝。
競馬は 2 戦 1 勝でまったくのとんとん。
XLARGE.COM から T シャツが届く。
ちょっと選択をミスったかも、という気がしなくもない。
が、エレキギターを抱いておしめをした赤ちゃんのイラストが大きくプリントされた上に小さく "Rock is born." って書いてある T シャツは気にいった。
ヘビーローテーションにしよう。
夜から精神状態が激悪で、競馬予想 TV を見ていることもできず。
ビール 2.0 リットルと睡眠薬。
06/13 fri
『マクベス』シェイクスピア 福田恆存訳(新潮文庫)、読了。
マクベス 「神のお慈悲を ! 」一人がそう言うと、もう一人が「アーメン」と言う、この首斬り役人の手が見えたのだ。「神のお慈悲を ! 」その恐怖の叫びを耳にしながら、おれは、どうしても「アーメン」と言えなかった。
夫人 そんなことを、なぜ、いつまでも ?
マクベス でも、どうしておれは、その一語が口に出せなかったのだ ? 神の慈悲を必要としているのは、このおれではないか、それなのに、言葉が咽喉にひっかかって。
そう、どうしても言えない。
シェイクスピアは福田恆存訳がいちばん好き。
というのは半分は嘘で、福田恆存訳しか読んだことがないというのがほんとのところ。
でも、その理解力はさすがだと、福田自身の解題を読んで、今回あらためてそう思った。
混乱に陥ったマクベスは個性の発現としての宿命と、外部的な事件の連続としての運命とを、ともすれば取違える。彼は何か外部的な形をとらなければ自己の真実を信じえず、かといって静止における自己の空虚に堪ええず、自己を証しするものをどうでもこうでも外形化しようと焦るのである。
そういえば、むかし図書館で白水社版のシェークスピア全集を手に取ってる女の子がいて、それがすごく魅力的に見えたのを思いだす。
チェーホフ全集とかも可愛く見える。
カフカ全集なんかだと、魅力的でないことはないんだけど、可愛いという感じじゃない気がする。
『意味という病』柄谷行人(講談社文芸文庫)所収「マクベス論――
意味に憑かれた人間」でビール 2.5 リットルと睡眠薬。
マクダス夫妻の場合、夫は "男性" であり夫人は "女性" である。しかし、マクベス夫妻にはそういう自然的基礎が欠如しており、「夫婦」の共同性を意識的に確証しなければならない。私はマクベス夫人の中に、ある息苦しい努力を感じる。
夫婦ともにこうというのは、あまりにも痛ましい。
だけど、どちらかだけがそうだというのもまた、苦しいことではあるんだろう。
06/12 thu
『フロイト著作集 1 』懸田克躬・高橋義孝訳(人文書院)
言葉は、もともと魔術でした。言葉は、今日でもむかしの魔力をまだ充分に保存しています。
『意味という病』柄谷行人(講談社文芸文庫)所収「マクベス論――
意味に憑かれた人間」でビール 2 リットルと睡眠薬。
彼はこれが現実なのだと納得しなければならない。いいかえれば、自分は今ここにまちがいなく居るのだということを確認しなければならない。ところが、彼はそう思いながら、一方でこれは夢だ、夢に違いないという感じから遁れることができないのである。
「できないのである」。
06/11 wed
僕は乳幼児期の育てられ方において、問題のある場面がたくさんあった人間です。
たとえば、たばこの火を腕に押し付けられるといったような。
現在、生において感じる困難のうちの大部分はこの時期に原因があると考えています。
ゆうべはこんな夢を見ました。
僕はおばさんで、交通量の多い通りに面した小さなビルにある会社に勤めています。
ビルの 1 階がガレージになっていて出社時にはそこに車を入れるのですが、通りの交通量が多いために朝はバックで駐車することができず、前から車を突っ込んでおきました。
しかしそれでは退社するときに不便なので、仕事をしていても落ち着かず、午後になって交通量の減っているときに結局バックで車を入れなおします。
ただこれだけの夢なのですが、目が覚めてから軽く夢分析をしてみて、今の自分の心をはっきりと示しているのに気付いてちょっとびっくりしました。
ガレージというのはもちろん子宮や女性器を象徴していて、そこに入っている車が自分なのです。
前向きに入っているということは後ろ向きに出てこなければならないということで、つまり誤った産まれかたをしたという僕の生への無意識的な認識をあらわしています。
そして午後に車をバックで入れなおすというのは、人生の半ばを過ぎた現在においてもういちど正しい産まれかたをしたいという希求の表われでしょう。
滑稽なんだか悲哀があるのか分からないような夢ですが、まさにこれが今の僕をあらわしているのです。
もういちど産まれる、もちろんこれは不可能です。
ただ、過去の自分の心的外傷を、掘り出し、洗い直し、分析することはできるはずです。
それがどんなにつらい作業であろうとも、そうすることによって自分自身の生をありのままに認識したいという激しい欲求があるのです。
いや、そうしなければいけないという使命感のようなものがある、といったほうがいいかもしれません。
マクベス それを治してくれぬか、心の病は、医者にはどうにもならぬのか ? 記憶の底から根ぶかい悲しみを抜き取り、脳に刻まれた苦痛の文字を消してやる、それができぬのか ? 心を押しつぶす重い危険な石をとりのぞき、胸も晴れ晴れと、人を甘美な忘卻の床に寝かしつける、そういう薬はないというのか ?
侍医 それは、病む者みずから心がけるよりほか、しかたはございませぬ。
『マクベス』シェイクスピア 福田恆存訳(新潮社)より
なんでか、ですます調でしか書けんかった。
『狂気の歴史
- 古典主義時代における - 』ミシェル・フーコー 田村俶訳(新潮社)
狂気の原理としての妄想は、夢の一般的な統辞法における虚偽命題の体系である。
『意味という病』柄谷行人(講談社文芸文庫)所収「マクベス論――
意味に憑かれた人間」でビール 2 リットルと睡眠薬。
ところで、この驚きにはマクベスが自分自身を何か他人のように感じているということがふくまれている。
もう驚かない。
06/10 tue
『フロイト著作集 4 』懸田克躬他訳(人文書院)
われわれがよくやる『紛失』も症状行為であることが意外に多い。
納得。
『 Heathen Chemistry 』 Oasis
『 Beach Boys Consert 』 The Beach Boys
『 Carl & The Passions - So Tough 』 The Beach Boys
『意味という病』柄谷行人(講談社文芸文庫)所収「マクベス論――
意味に憑かれた人間」でビール 2 リットルと睡眠薬。
おそらくそれは "自己" というものがどんな分析をも超出してしまうばかりでなく、ほかならぬ自己自身をも拘束し破壊するという事態、存在しないはずのものが存在するばかりでなく、それほどに現実的なものもないというような奇怪な事態の経験である。
そういう「事態」を見つめられる「眼」。
06/09 mon
XLARGE.COM で T シャツを注文。
『狂気の歴史
- 古典主義時代における - 』ミシェル・フーコー 田村俶訳(新潮社)
したがって、人々が狂気の積極的な十全性をを探しもとめた場合に人々は理性しかけっして見出さなかったのであり、このようにして逆説的に狂気は狂気の不在、理性の普遍的な現存となったのであった。狂気の狂気は、ひそかに理性であることなのである。
罠、のよう。
『シンポジウム』柄谷行人編・著「<分裂病>をめぐって」でビール 2.5 リットルと睡眠薬。
06/08 sun
5 時起床。
予想をすましてからビール 1 リットルと睡眠薬。
11 時から 1 時半まで寝る。
競馬は 3 戦全敗で 7 万強の負け。
ひさしぶりに完敗という感じ。
ネットサーヒンしながらビール 2.0 リットルと睡眠薬。
06/07 sat
四国では月刊誌が店頭にならぶのは発売日から 1 日おくれて。
土曜日が発売日にあたるばあいは、月曜まで待たなくちゃいけない。
ということは、きょう発売の「競馬王 7 月号」も月曜日にしか手に入らないんだけど、それじゃ日曜の競馬に後悔を残すかもということで、淡路島まで買いに行った。
高速料金 2950 円。
高けぇ雑誌だ…。
『サニーデイ・サービス』サニーデイ・サービス
『夜明けまえ』 Chara
『 Golden Years Singles 1996-2001 』 The Yellow Monkey
『 Down World 』 Triceratops
運転中に。
トライセラの 1 曲目「 Fly away 」を聴くとなんだかいつも泣きそうになる。
山道でタイヤを鳴きまくらせてしまって同乗者の非難をあびる。
安もんのタイヤだからすぐ鳴くんだってば。
それにしても淡路島は良いとこだ。
競馬は 3 戦 1 勝で 1 万円弱の儲け。
しょぼい。
けどまあ、高速料金は稼げた。
競馬予想 TV を見ながらビール 2.5 リットルと睡眠薬。
06/06 fri
『フロイト著作集 4 』懸田克躬他訳(人文書院)
ちょっと長くなるけど、さいきんで 1 番こころが動いた話があったので引用しとこう。
行為のしそこないの背後には無意識の働きがある場合が多いという章の、ルー・アンドレアス - ザロメ夫人の報告から。
「ミルクが不足して高価な品物になった頃から、私はいつもミルクを沸騰させてはこぼし、そのたびにびっくりしたり腹を立てたりするようになりました。それ以外のことについては、ぼんやりしたり、不注意だったりしたことはけっしてなかったのですが、そのことに関してだけは、いくら努力しても改まりませんでした。私の大好きな白いテリヤが死んでしまったあとなら当然だったのかも知れません。このテリヤは、本当なら人間にしか使ってはいけない『友達』という意味のロシア語で『ドゥルジョク』と呼んでいました。ところがどうでしょう。ドゥルジョクが死んでからは、一滴のミルクだってふきこぼしたりしなくなってしまいました。それに続いて私の頭に浮かんで来たことは、『これで本当によかったわ。だってもうドゥルジョクがいないんだから、調理台や床の上にこぼれたミルクは無駄になるだけなんですもの』ということでした。――そしてそれと同時に私は、私の『友達』が、頭をちょっとかしげ、すでに期待に胸をふくらませて尻尾の先を振りながら――つまり自信に満ちた安心しきった様子で、素晴らしい幸運を待ちながら――ミルクが沸騰するのを一心に見つめて、坐っていた有様を思いうかべました。むろんこれですべてが明らかになり、そのうえ私がドゥルジョクを自分で意識していた以上に愛していたことも分かったのでした。」
つぎに犬を飼うことがあったら、「ドゥルジョク」って名前をつけたいと思う。
『シンポジウム』柄谷行人編・著「<分裂病>をめぐって」
『 J ・ S ・バッハ フランス組曲』グレン・グールド(ピアノ)
これらでビール 1.5 リットルと睡眠薬。
06/05 thu
4 時に目が覚めた。
ここんとこあまり眠れんので心身の調子が良くない。
それとも、心身の調子が良くないので眠れんのか。
『シンポジウム』柄谷行人編・著「<分裂病>をめぐって」
『 J ・ S ・バッハ フランス組曲』グレン・グールド(ピアノ)
『寄生獣 8 巻』岩明均、読了。
これらでビール 2.5 リットルと睡眠薬。
06/04 wed
『 What Hits!? 』 Red Hot Chili Peppers
『 Ther Is Nothing Left To Lose 』 Foo Fighters
『 Foo Fighters 』 Foo Fighters
『 International Superhits! 』 Green Day
『 (What's The Story) Morning Glory 』 Oasis
『 M3 スーパー馬券アイテム 』今井雅宏、読了。
『意味という病』柄谷行人(講談社文芸文庫)所収「歴史と自然」「寒山拾得考」、読了。
近くを見すぎる人間は不幸や疑惑や迷いを生みだす。
だけど、ついつい見てしまう。
『 J ・ S ・バッハ ゴールドベルグ変奏曲( 1981 年録音 )グレン・グールド(ピアノ)
『寄生獣 6 〜 7 巻』岩明均、読了。
これらでビール 2.5 リットルと睡眠薬。
06/03 tue
『 100s 』中村一義(東芝 EMI)
うん、僕は信じたい。
前の老夫婦が手と手繋ぐように、
誰も離せはしない、本当を。
「 Yes 」
「信じたい」。
そう、「信じたい」。
競馬関係のコンテンツの作成に没頭。
『意味という病』柄谷行人(講談社文芸文庫)所収「歴史と自然」
マルクスがヘーゲルを転倒したことの意義は、観念論のかわりに唯物論を対置したことになどありはしない。彼はヘーゲルにあった歴史に対する透過性をこそ否定したのであって、そこに画期的な懐疑がある。それを解せぬマルクス主義者はヘーゲル以前である。なぜならヘーゲルは、事物の運動を精神の働きと切りはなさなかったからである。」
ヘーゲルもきちんと読もう。
時間は…、きっとある ! 。
『寄生獣 5 巻』岩明均、読了。
これらでビール 2 リットルと睡眠薬。
06/02 mon
『太陽』中村一義
『 Daydream Nation 』 Sonic Youth
『 Be Here Now 』 Oasis
『 Standing On The Shoulder Of Giants 』 Oasis
『 Odelay 』 Beck
『狂気の歴史
- 古典主義時代における - 』ミシェル・フーコー 田村俶訳(新潮社)
もしもあらゆる真実が、さまざまに分散した次元で体験されずに、断面だけで認知されるとするならば、その真実は眠りにおちいるにちがいない。
「真実」を、「さまざまに分散した次元で体験さ」せてくれるような書物って、滅多にない。
この本は、まちがいなくそう。
『意味という病』柄谷行人(講談社文芸文庫)所収「歴史と自然」
もともと弁証法はすでに直観していることを伝えようとする努力、分析的な言葉で分析しがたいものを伝えようとする努力が生みだした智慧にほかならない。
そう言ってもらえると分かりやすい。
『 J ・ S ・バッハ ゴールドベルグ変奏曲( 1981 年録音 )グレン・グールド(ピアノ)
『寄生獣 4 巻』岩明均、読了。
これらでビール 2.5 リットルと睡眠薬。
06/01 sun
朝 4 時に目が覚める。
ビールと睡眠薬の合わせ技でも 3 時間しか寝れんかった。
ダービーデイだからかな。
『 Second Coming 』 The Stone Roses
をエンドレスリピートで聴きながらダービー予想。
昔から、真剣に予想するときはこの CD 。
競馬は 5 戦 2 勝で 14 万くらいの儲け。
でも、かんじんのダービーを外したんで、静かに深く落ち込む。
落ち込んだときは、微妙で完璧なバランスのものを見てるとちょっと救われる。
モニタの前でボーッと。
あー、でも、救われるけど、別の落ち込みが来るのか。
「寄生獣 2 〜 3 巻」岩明均、読了。
ビール 2 リットルと睡眠薬。