メモ 2006 年 12 月 14 日

リサとガスパールのはくぶつかん『リサとガスパールのはくぶつかん』アン・グットマン文 ゲオルグ・ハンスレーベン絵 石津ちひろ訳(ブロンズ新社)。

「きょうりゅうのほね」が出てくるという、それだけでもう好きみたい。それにしても、「ペネロペ」といい、この夫妻はいまいちばん売れてる絵本作家じゃなかろうか。

『キルケゴール著作集 11 』(白水社)所収「死にいたる病」松浪信三郎訳。

 絶望は必ずしもつねに外的な衝撃や出来事によっておこるものではなく、単なる反省によってもひきおこされることがあるというところまでくると、たちまち進歩が見られる。 (…) ( 79 頁)

この、絶望のつぎの段階では、外的なもののはたらきだけではなく、それとは異なった「自己のはたらき」がある。しかしそれは「ある程度まで」である。

(…) しかし自己が、ある程度までにせよ、自己自身への反省によって自己を身にひきうけようとすると、自己は自己の組織や必然性のうちにふくまれているあれこれの困難にぶつかる。 (…) この困難を前にして(それは空想によって見いだされるような単なる可能性であることもある)人間はたじろぐ。それは彼の生活の直接性を破り、生活の直接性と絶縁することを、彼にしいる。だが、彼はそれに耐ええないい、またそれを欲しもしない。( 79 頁)

彼は自己をいつもどんなときでも引き受けるというわけにはいかない。彼の自己に対する意識はふじゅうぶんなものだからである。彼はけっきょく、恣意的な時間だけ自己となる。

(…) ただ、遺憾ながら、それは自己ではない。自己自身へのそういうだらしのない関係は、けっして自己ではない。 (…) ( 81 頁)

ビール 2 リットル。

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