メモ 2006 年 12 月 5 日
『大西巨人文選 2 途上 1957-1974 』(みすず書房)。
(…) それやこれやのことから、私は、明確な論理性を貫徹すること、それと同時に音楽的な〔 ? 〕律動性(緊張性)を――漢語・漢文脈的表現の採用(多用)に頼ることなくして――生み出すこと、そういう目標にむかって励んでいる――言わば模索しつつ進もうとしているわけです。 (…) ( 307 頁)
文章において曖昧さがあれば、それはけっきょく思考にも曖昧さがあるということである。逆にいえば、文章の論理性を貫徹しようとすれば、思考の上でもそうせざるを得ない。そしてその貫徹がなされた文章は読む者を心地良くさせる。次に引用する文章のように。
(…) 毎日たくさんの人間が死んでいる。自然死があり、病死があり、横死があり、戦死があり、他殺があり、自殺がある。それらの死にたいして、私は、だいたい特殊具体的な哀悼あるいは驚愕を感じない。私は、人間私の冷淡において、または人間私の鈍感において、または最も多く人間私の自然において、特殊具体的な哀悼あるいは驚愕を感じない。 (…) ( 324 頁)
ビール 3 リットル。