メモ 2006 年 11 月 17 日

『キルケゴール著作集 10 』(白水社)所収「不安の概念」氷上英廣訳。

(…) 本来的な「自己」は質的飛躍によってはじめて措定される。それ以前の状態においては、本来的な自己は問題にならぬ。だから、罪を「自己本位なもの」から説明しようとするなら、ひとは不明瞭のなかにまきこまれてしまう。なぜかといえば、むしろ反対に、罪によって、罪において、自己本位なものが成立するわけだからである。 (…) ( 117 頁)

キルケゴールが「自己」を知れというとき、それは個が普遍に通ずるというようなありふれたことを言っているのではない。むしろ、そのことの困難を知れといっているのだ。

コメントをどうぞ