メモ 2006 年 11 月 22 日

しまじろうごっこをするとき、なぜかパパにはなちゃん役をさせる。
ママだとダメらしい。

『キルケゴール著作集 10 』(白水社)所収「不安の概念」氷上英廣訳。

(…) 罪と負い目の概念は、まさしく個々人を個々人として措定する。全世界とか全過去とかに対する関係はぜんぜん問題にならない。かれが負い目を持つということだけが問題である。しかもかれは運命によって、したがって問題にならないところのいっさいのものによって、負い目あるものとなるべきなのである。それによって、かれは運命という概念をまさしく止揚するところのあるものになるべきなのであり、しかもかれは運命によってこれになるべきなのである。( 148 頁)

外的な原因を内的なものとして受け入れること。しかもそうすることがやはり外的な原因によるのだということを忘れないこと。必然性と偶然性との統合。

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