メモ 2007 年 1 月 31 日
『歎異抄』金子大栄校注(岩波文庫)、読了。
善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや。 (…) ( 45 頁)
あまりにも有名なこの言葉は、やはりラディカルだ。これはアイロニカルな読み方を必要としない。字義どおり素直に読めばいい。
(…) よきこゝろのをこるも、宿業のもよほすゆへなり。悪事のおもはれせらるゝも、悪業のはからふゆへなり。 (…) ( 65 頁)
善良な心というのは、それを持つ者が主体的に獲得できるものであるか。ちがうだろう。その者がそうできる環境に、そうできる素質をもって、生まれ育ってきたからというだけのことである。
(…) わがこゝろのよくてころさぬにはあらず。 (…) ( 66 頁)
悪事を働いてしまうものもまた同じである。それは誰もがそうなりうるのだ。心がけの問題ですらない。
(…) さるべき業縁のもよほせば、いかなるふるまひもすべしとこそ、聖人はおほせさふらひし (…) ( 67 頁)
《他力》というのは、この決定論を受け入れるための倫理的ななにかだ。より正確には、この決定論を受け入れることこそが倫理なのだ。そこから自他への愛が生ずる。