メモ 2007 年 1 月 4 日

胃が痛苦しくて目が覚める。正月は胃に負担がかかるというか、胃に負担をかけてしまう。

お昼すぎまで家でのんびり。

『キルケゴール著作集 11 』(白水社)所収「現代の批判」飯島宗享訳。

(…) 「原理」 Principium とは、その語が意味するとおり、「第一のもの」いいかえれば「 実体的サブスタンシアルなもの」で、みずからの内的衝動によって個人を推進するところの「感情とか感激とかいった、いまだ開顕していない形における理念」である。ところが、これが情熱のない者には欠けている。 (…) ( 246 頁)

これがキルケゴールにおける原理の定義である。キルケゴールは、「原理のために」行動するものはこのような原理を欠いているのだという。

(…) 情熱のない者にとっては、原理は、そのために彼があることをなし、また別のことをもなし、またその反対のことをなすような、なにか外的なものになる。情熱のない者の生活は「自己を開顕し展開する原理」ではなく、むしろ彼の内的生活は、常に途上にあって「原理のために」何ごとかをなそうと追いもとめているところの、せわしない何ものかなのである。 (…) ( 246 頁)

ここでは、近年さまざまなかたちで我々の周りに露出した原理主義というものが、キルケゴールによって、正確に考察されている。

(…) 原理は、いまや、最もつまらない人間でさえ最もつまらない行動にそれをつけ加えて、そして自分自身をかぎりなく重要なものに仕立てるところの、怪物じみた何ものかである。 (…) ひとは原理のためにすべてのことをなすことができて、しかも各人の人格的責任をまぬがれることができるのである。 (…) ( 247 頁)

ビール 2 リットル。

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