2008 年 2 月 のアーカイブ
2008 年 2 月 11 日 月曜日
『一生競馬』河内洋 加賀谷修(ミデアム出版)。
ニシノフラワーもそうだけど、ダイイチルビーもちょっと硬めの牝馬で、こういう馬は切れがある。そのためには脚をためないとその良さが生きない。僕の好きなタイプだ。 (…) ( 80 頁)
“M” 的に想像すると、硬さと瞬発力とは逆ベクトルにあるような気がしなくもない。だけど、河内さんのいうこともなんとなくわかる。このあたりの突き合わせはやっていかないと。
焼酎の湯割り 6 杯。
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2008 年 2 月 8 日 金曜日
『新選組始末記』子母澤寛(中公文庫)、読了。
記録の引用や談話によって人物の行動を浮き上がらせていくこの本の手法は、文章語として古びたところはあるものの、心理描写がないだけにかえって今でも新鮮だ。
焼酎の湯割り 6 杯。
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2008 年 2 月 8 日 金曜日
『漱石全集第二十五巻』夏目金之助(岩波書店)。
(…) 能々考へて見ると人と云ふものは、平時に於ては軽微の程度に於けるローマンチシズムの主張者で、或者を批評したり要求するに自己の力以上のものを以てして居る。( 38 頁)
自分のことは棚にあげて。
焼酎の湯割り 6 杯。
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2008 年 2 月 8 日 金曜日
よい知らせ。
夜になって、昼間のこととは別件で悪い知らせ。禍福は…ってやつか。
『大岡昇平全集 14 』(筑摩書房)、読了。
賭博者の心理には、山気が抜けないお人好しというだけではすまない陰惨なものがあります。多分幼年時の経歴にまで遡らねばならぬ、複雑なコンプレックスがあるので、彼等には賭博が人生そのものと映るのです。( 541 頁)
陰惨といわれてしまった。たぶん当たっていて、賭博者というのは、「賭博が人生そのものと映る」のだけど、人生を賭博として捉えて人生を変えていくような能動性には乏しいのだろう。
ビール 0.85 リットルといいちこの湯割り 6 杯。
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2008 年 2 月 8 日 金曜日
体のあちこちにあざができている。きのうのフィールドアスレチックで、網や綱につかまるときに力をいれすぎたのだろう。
ビール 1.5 リットルで朝寝。
馬券は 1 戦 1 勝で 5 万 1 千円のプラス。
息子のまぶたが二重になってる。一時的なものなのかしら。一重のほうが似合ってたような気がする。
『大岡昇平全集 14 』(筑摩書房)。
実感という言葉は、案外人生に対する先入見に基づいています。現実はこれこれだ、人間はこういうものだと、きめてかかっているため、実感を得たと錯覚していることもしばしばです。( 458 頁)
「実感」だとか「生活者としての感覚」だとかを持ち出して論を進めようとする人間は、みずからの思惑とはちがって、まったく皮相的である。
ビール 1.5 リットルといいちこの湯割り 2 杯。
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2008 年 2 月 8 日 金曜日
フィールドアスレチックへ。こういうところにくると、息子の成長にびっくりする。
馬券は買わず。
『大岡昇平全集 14 』(筑摩書房)。
無論小説家の抱擁する哲学とか思想とかいうものはたかが知れたもので、我々がトルストイの小説に感嘆するのは、大事件も日常の些細事も、同じ密度の平静なタッチで、物語り描写する筆の運びです。しかしこのいわば高みから見下したような観点が、トルストイが時々挿入する独断的で退屈な哲学に支えられてはじめて可能だったとすると、こういう作者の道楽は許さなければならないことになります。( 382 頁)
このあいだ『戦争と平和』を読みかえしていたときに私が感じていたのも、まさに引用のようなことだった。あの異様に鮮明な描写力は、あのありふれた哲学が生み出すのだろうと。どちらも過剰だ。
ビール 0.5 リットルといいちこの湯割り 3 杯。
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2008 年 2 月 8 日 金曜日
『大岡昇平全集 14 』(筑摩書房)。
坊ちゃんは両親から愛されず、兄とは財産を分けた日以来、会っていないことになってるが、これは普通の家庭では考えられないことである。天涯孤独の架空の英雄である。( 310 頁)
漱石の坊ちゃんといえば天真爛漫というようなイメージを持っていたけれども、そういえば、引用のような屈託をもってもおかしくない設定だった。要再読。
ビール 1.5 リットル。
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2008 年 2 月 8 日 金曜日
『大岡昇平全集 14 』(筑摩書房)。
我々は弱兵ではあったが、真面目に戦ったと思っている。将校は名誉のため、死を恐れてはならなかったが、下士官は狡猾に命を持って帰ろうと思っていた。我々が今後も警戒を要するのは、この人種である。( 248 頁)
社会保険庁とか。警戒するだけエネルギーの無駄のような気にさせるくらい腐っているけれど。
ビール 1.5 リットルといいちこの湯割り 2 杯。
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2008 年 2 月 8 日 金曜日
WordPress の投稿画面で、邪魔だったビジュアルリッチエディタを、ようやく無効にできた。
しかしそれでも、 ins タグを使おうとすると WordPress がまだよけいなおせっかいをする。どうしたものか。
『大岡昇平全集 14 』(筑摩書房)。
(…) 戦場で女を一人殺したぐらいで、人間世界へ帰れないと思うのは不自然です。
帰ってから後悔に苦しめられるのはあり得るが、その場でそう思うのは不自然です。( 184 頁)
この唯物論的な文章は、なにか私を突き放す。
ビール 1 リットルといいちこの湯割り 3 杯とジョニ赤のストレート 1 杯
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2008 年 2 月 7 日 木曜日
『大岡昇平全集 14 』(筑摩書房)。
(…) つまりぼくは二年兵隊に行って、社会的な苦労から解放された生活を送り、すっかり子供にかえって帰還して来たのでした。
自分の生命を提供するかわりに、生活は全部軍がまかなってくれるのが軍隊の特徴です。( 166 頁)
徴兵生活をただ苦しいものだとするような、平面的な見方を私はしていなかったか。
ビール 1 リットルといいちこの湯割り 4 杯。
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2008 年 2 月 7 日 木曜日
『大岡昇平全集 14 』(筑摩書房)。
(…) 一つの外国語の構造も呑み込めぬ怠けた頭で、日本語の構造がわかるはずはないのだ。( 164 頁)
忙しくてできないというのは、怠け者の言い訳なんだろう。やらねば。
ビール 1 リットルといいちこの湯割り 2 杯。
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2008 年 2 月 7 日 木曜日
『大岡昇平全集 14 』(筑摩書房)。
詰ったら、その詰ったところまで来た自分の観念の動きを分析して見ること。自分が何を書きたかったか。たしかめること。 (…) ( 15 頁)
文章を書いていて詰まるときというのは、そこに来るまでのじぶんの観念の動きを把握できていないからだ。個々の観念とそれらどうしの関係をすべて捉えつつ、私は、文章を書くべきである。
(…) 観念が続かない時は、打ち切ることだ。言葉を探して、時間を空費しないこと。 (…) ( 19 頁)
ビール 2 リットルで朝寝。
馬券は 1 戦 1 敗で 10 万円のマイナス。
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2008 年 2 月 7 日 木曜日
馬券は 1 戦 1 敗で 6 万 4 千円のマイナス。
『ルソー全集 第六巻』(白水社)所収「エミール(上)」樋口謹一訳。
(…) 感官を鍛えるのは、ただそれを使うだけではない。感官を通じてよく判断することを学び、いわば感じることを学ぶことだ。私たちは、学んだとおりにしか、触れたり聞いたりできないのだ。 (…) ( 138 頁)
「算数脳」をはじめとするような素朴ルソー主義の徒とルソーはここでちがっている。かれは感覚器を鍛えることを主張するが、しかしそれが自然によってだけではなしえないことを知っている。
物体の延長や大きさをよく判断することを学ぶには、その形を知る、いやこれを模写することもまた学ばねばならない。けっきょくのところ、この模写は遠近法の法則のみに依存し、この法則をいくらかでも知っていなければ、その外見によって延長を推定することはできないからである。 (…) ( 182 頁)
ビール 1.5 リットルといいちこの湯割り 1 杯。
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2008 年 2 月 7 日 木曜日
『ルソー全集 第六巻』(白水社)所収「エミール(上)」樋口謹一訳。
(…) 私たちのうちのだれひとりとして、子どもの立場に身をおくことができるほどの哲学者たりうるものはない。 (…) ( 138 頁)
この認識をてばなさずにあくまで唯物論的に子どもに接することと、人間としての子どもに対するルソーの敬意は、たぶん密接につながっている。
ビール 1 リットルといいちこの湯割り 1 杯。
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2008 年 2 月 7 日 木曜日
すべり台で、目を閉じて、頭からすべってる。こわくないのかな。
『ルソー全集 第六巻』(白水社)所収「エミール(上)」樋口謹一訳。
(…) たとえば、彼らの未来の利害、大人になってからの幸福、大きくなった彼らに人がいだく敬意、といったことがそれであって、予見する力をまったくもたない存在に、こうしたことを話しても、絶対に彼らにはなんの意味ももちえない。 (…) ( 126 頁)
将来の利益や困難を教育の原動力にするのは、子どもに未来を想像できる力がついてからにすべきだ。
ビール 1.5 リットルといいちこの湯割り 2 杯。
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2008 年 2 月 7 日 木曜日
『ルソー全集 第六巻』(白水社)所収「エミール(上)」樋口謹一訳。
(…) ある瞬間、この子は天才だ、と言いたくなるかと思えば、次の瞬間には、これは間抜けだ、と言いたくなる。いずれの場合にもあなたがたは間違っているのだ。これが子どもなのだ。 (…) ( 122 頁)
頭ではこれがわかっていても、親バカな私はやっぱり一喜一憂してしまう。「それが親なのだ」といっておこう。
ビール 1 リットルといいちこの湯割り 1 杯。
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2008 年 2 月 7 日 木曜日
『ルソー全集 第六巻』(白水社)所収「エミール(上)」樋口謹一訳。
(…) もっとも崇高な徳は消極的である。 (…) ( 120 頁)
善をなすという徳は積極的なものである。しかし、善をなすことは悪人にもできる。悪をなさないという消極的な徳こそが重要だとルソーはいう。
ビール 2.5 リットル。
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2008 年 2 月 7 日 木曜日
『ルソー全集 第六巻』(白水社)所収「エミール(上)」樋口謹一訳。
(…) なにごとも、なんであろうと、絶対に、命令してはならない。生徒に対してあなたがたがなんらかの権威をもとうと望んでいることを、生徒に想像さえさせてはならない。 (…) ( 98 頁)
ここはよくまちがえられるところで、教育するものは子どもに命令してはならない。しかしもちろん、懇願してもならない。命令も懇願も人間の恣意によるものであり、恣意をおぼえた子どもは必然に耐えられなくなる。
初期の教育は、だから、純粋に消極的であるべきである。それは、徳や真理を教えることにあるのではなく、心を悪徳から、精神を誤謬から保護することにある。 (…) ( 102 頁)
ビール 0.85 リットルといいちこの湯割り 2 杯。
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2008 年 2 月 7 日 木曜日
馬券は買わず。
雪まつりをやってるので動物園へ。
妻からのプレゼントの LAT-FM200U を使ってみたところ、なかなかいい感じ。ありがとう。
「くまさんきらいよ」とか言いつつも、前よりは怖がらなくなってる。
雪まつりの会場で義姉夫妻と姪っ子と合流。
遊園地で遊んでから図書館へ。
図書館を出たら、あっという間に寝てしまった。
買い物をしてから公園へ。
すべり台すべりまくり。
帰るときに難儀するのはいつもといっしょ。「こうえんのぞうさんがさみしいっていっとる」
車に乗っても、「こうえんのぞうさんがさみしいって」。「また来てあげよさ」といって振り返ると、目に涙をいっぱいにためてた。
ビール 1.5 リットル。
20 時に寝たら、 22 時に目が覚めた。しょうがないので WAVEFLT2 のセッティング。 STAR digio の放送を録音したら今までは WAVPACK で保存してきたんだけど、小容量化のため、とりあえずポップスは MP3 に変更することに。 STAR digio 自体もともと圧縮されてる音源なんで、 Lame の V2 でのエンコードでじゅうぶんそうだし。
『ルソー全集 第六巻』(白水社)所収「エミール(上)」樋口謹一訳。
(…) 人間のあらゆる能力のうちで、理性の発達はもっとも困難でかつもっとも遅れるものだ。ところが、人は、この理性を利用して、これに先立つ能力を発達させようとするのだ ! 善い教育の傑作は人間を理性的にすることである。ところが、人は子どもを理性によって教育しようなどと望んでいる ! (…) ( 95 頁)
善悪という観念のできていない子どもに、道徳よる禁止をあたえようとしても無駄である。
ビール 1 リットル。
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2008 年 2 月 7 日 木曜日
馬券は買わず。
『ルソー全集 第六巻』(白水社)所収「エミール(上)」樋口謹一訳。
(…) 子どもの無思慮な意志に対しては、物理的な障害か、それとも、行為そのものが生む罰しかあたえないようにせよ。 (…) ( 88 頁)
たとえば、刃物は子どもの手の届くところにはおかない。あるいは、軽い怪我ですむような状況でだけ刃物をあたえる。
禁止するのではなく、配慮すべきである。なぜなら、禁止は自由を奪うし、自由のないところに主体性はない。主体性がなければ、他者への真の思いやりなど生まれようがない。
ビール 0.5 リットルといいちこの湯割り 3 杯。
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2008 年 2 月 7 日 木曜日
昨夜も息子が私に抱きついて寝ていた。
『ルソー全集 第六巻』(白水社)所収「エミール(上)」樋口謹一訳。
転んだり、頭にこぶをつくったり、鼻血を出したり、指を切ったりしても、私は、不安な態度で彼のところに急ぐどころか、少なくとも少しのあいだ、じっと平然としている。災難はもう起こったのだし、それは彼が耐えねばならない必然なのである。どんなに急いだところで、彼をよりいっそうおびえさせ、彼の感じやすさを増大させる以外、なんの役にも立たない。 (…) ( 76 頁)
わかってはいるけれども、やっぱり慌ててしまう。
(…) じつのところ、怪我をした子どもを責めさいなむのは、傷というよりもむしろ恐怖なのだ。私は、少なくとも、この後者の苦悶だけは子どもにまぬがれさせてやる。 (…) ( 76 頁)
ビール 1 リットルといいちこの湯割り 3 杯。
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2008 年 2 月 7 日 木曜日
昨夜はめずらしく息子が私に抱きついて寝ていた。
『ルソー全集 第六巻』(白水社)所収「エミール(上)」樋口謹一訳。
(…) 子どもは、いわば生命力が余っていて、まわりのすべてに生気をあたえうるほどだと感じる。つくろうとこわそうと問題ではなく、ものの状態を変えられれば十分なのであって、すべての変化が行動なのだ。たとえ破壊する傾向のほうをずっと多くもつと見えようとも、子どもが悪いからではけっしてなく、形成する行動がつねにのろくさく、破壊する行動がずっと迅速で、子どもの活発さにずっと適しているからである。 (…) ( 64 頁)
いままで読んだどんな育児書より正確で適切だ。そして、私のかつてからの考えとも一致する部分が多い。
ビール 1 リットルといいちこの湯割り 5 杯。
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2008 年 2 月 7 日 木曜日
『司馬遼太郎が考えたこと エッセイ 1981.7 ~ 1983.5 11 』司馬遼太郎(新潮社)、読了。
『日本国語大辞典』が欲しい。
手塚治虫の『ブッダ』と白土三平の『カムイ伝』を並行して読みかえしている。『カムイ伝』のほうがだいぶおもしろい。
ビール 1.5 リットルといいちこの湯割り 4 杯。
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2008 年 2 月 7 日 木曜日
『ルソー全集 第六巻』(白水社)所収「エミール(上)」樋口謹一訳。
子どもが泣くときは気分が悪いのだ。なにか欲求をもっているのにみたすことができない。この欲求がなにか、調べ、探し、見つけて、応じてやる。見つけられないか、応じてやれないと、子どもは泣きつづける。 (…) ( 60 頁)
子どもが泣きやまないときに親が心のなかで確認するべき単純な真実。子どもが泣きやまないからといって、脅したり、ましてやぶったりしてはならない。
(…) 熱い燃えさしが偶然この子の手の上に落ちても、あのほんの軽くではあっても、彼を痛めつけようという明らかな意図で加えられた、ひと叩きほどには、子どもには苦痛に感ぜられなかったろう、と私は確信する。
(…) 子どもが経験する抵抗が、事物によるものであって、人間の意志によるものではけっしてないかぎり、子どもは反抗的にも怒りっぽくもならず、ずっと健康に自己を保存するであろう。 (…) ( 61 頁)
ビール 1 リットルといいちこの湯割り 3 杯。
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2008 年 2 月 7 日 木曜日
『ルソー全集 第六巻』(白水社)所収「エミール(上)」樋口謹一訳。
(…) 自分自身よい育てられかたをしていないものに、子どもがよく育てられることなど、どうしてありえようか。 (…) ( 36 頁)
これもある意味では残酷な言葉だが、続きがある。
このようなまれな人間は見つけられないのではないか。私は知らない。 (…) ( 36 頁)
ビール 1 リットルといいちこの湯割り 3 杯。
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2008 年 2 月 7 日 木曜日
二日酔い。
馬券は 2 戦 2 敗で 6 万円のマイナス。
『ルソー全集 第六巻』(白水社)所収「エミール(上)」樋口謹一訳。
人間の運命は一生涯苦しむことである。 (…) ( 33 頁)
この言葉はぜんぜん悲観的じゃなく、私は元気づけられる。
ビール 2 リットル。
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2008 年 2 月 7 日 木曜日
ビール 2 リットルといいちこの湯割り 1 杯で朝寝。
馬券は 1 戦 1 杯で 3 万円のマイナス。
ひさしぶりにいっしょに公園へ。「すべりだい、せん ! 」といってずっとやらなかったすべり台だったのに、きょうはなぜか積極的。いろんなすべり台をどんどんすべって、いちばん高いすべり台もすべった。
「このこうえん、ゆうきでるこうえんやなあ」
豆まき。「おに、なるっ ! 」
太巻きたべて、焼き肉たべて、パンたべて。食べ過ぎでないかい ?
『ルソー全集 第六巻』(白水社)所収「エミール(上)」樋口謹一訳。
(…) 子どもたちといっしょにいない母親は尊敬されず、家庭には住居の場が存在せず、習性が血のきずなを強めることはもはやない。 (…) ( 30 頁)
これは当時の上流階級の育児の傾向にたいする批判であるとはいえ、現代においても、働く母親にとって残酷な真実を含んでいる。
母親がいなければ子どももいなくなる。母と子のあいだの義務は相互的であり、もし一方が義務をあまり果たさないと、他方も義務をなおざりにするであろう。 (…) 血肉の声は、習性と配慮とによって強められなければ、生後数年間に消滅し、心は、いわば生まれるまえに死んでしまう。( 31 頁)
母子間の愛の存続に相互的な義務を必要とするこのような考えかたは清潔だ。
ビール 1.85 リットルといいちこの湯割り 2 杯。
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2008 年 2 月 7 日 木曜日
『ルソー全集 第六巻』(白水社)所収「エミール(上)」樋口謹一訳。
(…) 子どもが死なないように予防しようとしても無駄である。いずれにせよ子どもは死なねばならないのである。 (…) ( 25 頁)
読みはじめた本のはじめのあたりにこういう痺れる文句を見出したとき、これからの楽しさを予感して、わくわくせずにいられようか。
(…) 彼が死ぬことを妨げるよりも、むしろ彼を生きさせることが肝要なのである。 (…) ( 25 頁)
ビール 1 リットルといいちこの湯割り 1 杯。
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2008 年 2 月 7 日 木曜日
『論語』金谷治訳注(岩波文庫)。
(…) 人不知而不慍 (…) 人知らずして慍みず (…) ( 17 頁)
「人に分かってもらえなくても気にかけない」。そうなりたいと思ってきたけれども、まだまだ遠い。
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