メモ 2007 年 3 月 31 日

休日出勤で仕事。

馬券は買わず。

『絶対文藝時評宣言』蓮實重彦(河出書房新車)。

 だが、そうした体験や知識はもっぱら個人の富として集積され、大岡昇平がそうしたように、誰にも所属しえない資料空間に身をさらす勇気もなければ、またその必要を痛感してもいなかったと思わざるをえない。耳学問とは、つまりそうした個人的な体験や知識にほかならず、「作者の死」を受け入れまいとする姿勢である。 (…) ( 36 頁)

1990 年に蓮實重彦がこう書いたにもかかわらず、個人的な体験や知識に頼った小説が増えているように感じる。

ビール 1.85 リットル。

メモ 2007 年 3 月 29 日

出張で大阪へ。

書類提出終了。

『パルムの僧院 上巻』スタンダール 大岡昇平訳(新潮文庫)、読了。

「 (…) 少しばかな男でも、毎日注意深く慎重にやっていれば、しばしば空想的な人間に勝つ快感を味わうことができます。 (…) 」( 216 頁)

そして、小説というのは「空想的な人間」の仕事ではないだろう。

(…) 危険の現前は理性的な人間に天才を与え、いわば彼自身を超えさせる。空想的な人間には小説を教える。大胆ではあるが、時としてばかげた小説を。( 234 頁)

ビール 2 リットル。

メモ 2007 年 3 月 28 日

提出書類の追い込み。 23 時まで。

『パルムの僧院 上巻』スタンダール 大岡昇平訳(新潮文庫)。

(…) ファブリスはこのときはじめて時の力を認めた。師は立ちあがってファブリスのほうへ向くのに、一分以上かかったのである。 (…) ( 199 頁)

短くて効果的な描写の見本。

ビール 2 リットル。

メモ 2007 年 3 月 25 日

いいちこの湯割り 3 杯で朝寝。

馬券は 3 戦 3 敗で 7 万円のマイナス。

夕方に出社してすこし仕事。

『白鯨(下)メルヴィル 田中西二郎訳(新潮文庫)、読了。

「 (…) おのれら二人は同じものの両極じゃ。スターバックは裏返したスタブ、スタブは裏返したスターバック、しておのれら二人は全人類の代表じゃ、ところがエイハブは何百万の人間のいる地上にただ一人で立っておる。神々にも人間にも仲間はないわ ! (…) 」( 424 頁)

物語は神話として終わった。そして、神話が空想に堕さないようにささえたのは、メルヴィルの知性だ。それは文章の正確さとして現れている。とくに、観念的なことを述べるときに、どれだけ文章が長くなっても、メルヴィルの知性は核心をつかんではなさない。この驚くべき観念的タフさが、この比類ない小説の原動力のひとつだろう。

ビール 1 リットルといいちこの湯割り 1 杯。

メモ 2007 年 3 月 24 日

いいちこの湯割り 4 杯で朝寝。

午後から出社。

馬券は 3 戦 1 勝で 10 万 3 千円のプラス。

疲れがたまってきてるので、 17 時前に退社。

『白鯨(下)メルヴィル 田中西二郎訳(新潮文庫)。

「これは何じゃ――この喩えようもなく霊妙不思議な、この世ならぬもの――これは何じゃ ?  何という佯り多い隠れた主君、残虐で冷酷な帝王が、おれを意のままに動かすことじゃ ?  あらゆる自然の愛情や憧憬にそむいてまで、四六時中おのれを押しまくり、促し、突き飛ばしつづけ、おれの力も、自然の情も、飽くまで敢えてしようとはせぬようなことを、がむしゃらにやってのけようとさせる、これは何じゃ ? (…) ( 410 頁)

「運命」に拮抗しようとするこの「自己」、これこそが悲劇の条件だ。そして、小説の枠を出ないと悲劇は成立しない。しかし、せまい意味での小説をはみ出ているからこそ、まさに『白鯨』は小説なのだ。

ビール 0.5 リットルといいちこの湯割り 2 杯。

メモ 2007 年 3 月 23 日

『白鯨(下)メルヴィル 田中西二郎訳(新潮文庫)。

 (…) これ鍛冶屋、おぬしは気が狂うが当然じゃ、何でまた狂わぬ ?  どうして狂わずに堪えてゆける ?  おぬしが狂えぬのは、天がまだおぬしを憎んどるからか ? (…) ( 328 頁)

この台詞はシェイクスピアを思わせる。

ビール 1.5 リットルといいちこの湯割り 1 杯。

メモ 2007 年 3 月 22 日

いまやってる仕事がいい方へ。

ビール 2.5 リットル。祝杯ってやつ。

白鯨(上)『白鯨(上)メルヴィル 田中西二郎訳(新潮文庫)、読了。

  (…) もしあの二重に閉鎖された国、日本が、外人を迎えることがありとすれば、その功績を負わしめらるべきものもまた、捕鯨船のほかにはない。それは今日すでにかの国の扉口に近づいてすらいるのだ。 (…) ( 198 頁)

事実、この小説が刊行された 2 年後に、ペリーとその艦隊によって日本は開国させられている。ペリーの目的のなかでも大きなひとつが、アメリカ捕鯨船の寄港地確保であった。

疲れた。

メモ 2007 年 3 月 21 日

白鯨(上)『白鯨(上)メルヴィル 田中西二郎訳(新潮文庫)。

 (…) そしてこれらのものが、博大な頭脳、沈重な感性、超凡の体力の持主のうちに一つに結びついたとき、またかかる人が、北国では仰ぐこともできぬ無数の星座のもとなる絶海で、永い夜々の当直をするとき、その静寂と隔絶とのうちに、因襲を脱し、権威に頼らず思索する精神をやしない、あらゆる大自然の甘美な、また荒々しい印象をば、その自然がみずから進んで秘かに開き示す処女の胸からじかに受け取ることによって、さらにまた何かの偶然の事件がこれを助けて、大胆、遒勁、高邁な「言葉」を知ったとき――かかる人は全国民中の一人ともいうほどの人となり、崇高な悲劇の主人公たるにふさわしい偉大な劇中人物ともなるのだ。 (…) ( 145 頁)

これがこの作品のテーマだ。 19 世紀にこのテーマは無茶だと思うのだが、メルヴィルはやってしまう。

ビール 1 リットルといいちこの湯割り 1 杯。