2008 年 2 月 のアーカイブ

メモ 2007 年 3 月 31 日

2008 年 2 月 15 日 金曜日

休日出勤で仕事。

馬券は買わず。

『絶対文藝時評宣言』蓮實重彦(河出書房新車)。

 だが、そうした体験や知識はもっぱら個人の富として集積され、大岡昇平がそうしたように、誰にも所属しえない資料空間に身をさらす勇気もなければ、またその必要を痛感してもいなかったと思わざるをえない。耳学問とは、つまりそうした個人的な体験や知識にほかならず、「作者の死」を受け入れまいとする姿勢である。 (…) ( 36 頁)

1990 年に蓮實重彦がこう書いたにもかかわらず、個人的な体験や知識に頼った小説が増えているように感じる。

ビール 1.85 リットル。

メモ 2007 年 3 月 30 日

2008 年 2 月 15 日 金曜日

パルムの僧院(下)『パルムの僧院(下)スタンダール 大岡昇平訳(新潮文庫)、読了。

 しかし大公は臆病者の常として頑固であった。 (…) ( 299 頁)

こういう現実への眼が、スタンダールのおもしろさのひとつだ。

メモ 2007 年 3 月 29 日

2008 年 2 月 15 日 金曜日

出張で大阪へ。

書類提出終了。

『パルムの僧院 上巻』スタンダール 大岡昇平訳(新潮文庫)、読了。

「 (…) 少しばかな男でも、毎日注意深く慎重にやっていれば、しばしば空想的な人間に勝つ快感を味わうことができます。 (…) 」( 216 頁)

そして、小説というのは「空想的な人間」の仕事ではないだろう。

(…) 危険の現前は理性的な人間に天才を与え、いわば彼自身を超えさせる。空想的な人間には小説を教える。大胆ではあるが、時としてばかげた小説を。( 234 頁)

ビール 2 リットル。

メモ 2007 年 3 月 28 日

2008 年 2 月 15 日 金曜日

提出書類の追い込み。 23 時まで。

『パルムの僧院 上巻』スタンダール 大岡昇平訳(新潮文庫)。

(…) ファブリスはこのときはじめて時の力を認めた。師は立ちあがってファブリスのほうへ向くのに、一分以上かかったのである。 (…) ( 199 頁)

短くて効果的な描写の見本。

ビール 2 リットル。

メモ 2007 年 3 月 27 日

2008 年 2 月 15 日 金曜日

『パルムの僧院 上巻』スタンダール 大岡昇平訳(新潮文庫)。

《彼はなんでも簡単に考える。高所から見るから。 (…) 》( 179 頁)

いきづまりそうなとき、自分とその周りを高所から見ると、いっぱいいっぱいになることをふせげる。

ビール 2 リットル。

メモ 2007 年 3 月 26 日

2008 年 2 月 15 日 金曜日

いよいよ自動車ロン『いよいよ自動車ロン』福野礼一郎(双葉社)。

 経験はほとんど役には立たない。
 感情を制して機械に沈着に対峙する方法はたぶんひとつしかない。
 勉強である。( 74 頁)

先入観を排すには勉強によるしかない。

ビール 2 リットル。

メモ 2007 年 3 月 25 日

2008 年 2 月 15 日 金曜日

いいちこの湯割り 3 杯で朝寝。

馬券は 3 戦 3 敗で 7 万円のマイナス。

夕方に出社してすこし仕事。

『白鯨(下)メルヴィル 田中西二郎訳(新潮文庫)、読了。

「 (…) おのれら二人は同じものの両極じゃ。スターバックは裏返したスタブ、スタブは裏返したスターバック、しておのれら二人は全人類の代表じゃ、ところがエイハブは何百万の人間のいる地上にただ一人で立っておる。神々にも人間にも仲間はないわ ! (…) 」( 424 頁)

物語は神話として終わった。そして、神話が空想に堕さないようにささえたのは、メルヴィルの知性だ。それは文章の正確さとして現れている。とくに、観念的なことを述べるときに、どれだけ文章が長くなっても、メルヴィルの知性は核心をつかんではなさない。この驚くべき観念的タフさが、この比類ない小説の原動力のひとつだろう。

ビール 1 リットルといいちこの湯割り 1 杯。

メモ 2007 年 3 月 24 日

2008 年 2 月 15 日 金曜日

いいちこの湯割り 4 杯で朝寝。

午後から出社。

馬券は 3 戦 1 勝で 10 万 3 千円のプラス。

疲れがたまってきてるので、 17 時前に退社。

『白鯨(下)メルヴィル 田中西二郎訳(新潮文庫)。

「これは何じゃ――この喩えようもなく霊妙不思議な、この世ならぬもの――これは何じゃ ?  何という佯り多い隠れた主君、残虐で冷酷な帝王が、おれを意のままに動かすことじゃ ?  あらゆる自然の愛情や憧憬にそむいてまで、四六時中おのれを押しまくり、促し、突き飛ばしつづけ、おれの力も、自然の情も、飽くまで敢えてしようとはせぬようなことを、がむしゃらにやってのけようとさせる、これは何じゃ ? (…) ( 410 頁)

「運命」に拮抗しようとするこの「自己」、これこそが悲劇の条件だ。そして、小説の枠を出ないと悲劇は成立しない。しかし、せまい意味での小説をはみ出ているからこそ、まさに『白鯨』は小説なのだ。

ビール 0.5 リットルといいちこの湯割り 2 杯。

メモ 2007 年 3 月 23 日

2008 年 2 月 15 日 金曜日

『白鯨(下)メルヴィル 田中西二郎訳(新潮文庫)。

 (…) これ鍛冶屋、おぬしは気が狂うが当然じゃ、何でまた狂わぬ ?  どうして狂わずに堪えてゆける ?  おぬしが狂えぬのは、天がまだおぬしを憎んどるからか ? (…) ( 328 頁)

この台詞はシェイクスピアを思わせる。

ビール 1.5 リットルといいちこの湯割り 1 杯。

メモ 2007 年 3 月 22 日

2008 年 2 月 15 日 金曜日

いまやってる仕事がいい方へ。

ビール 2.5 リットル。祝杯ってやつ。

白鯨(上)『白鯨(上)メルヴィル 田中西二郎訳(新潮文庫)、読了。

  (…) もしあの二重に閉鎖された国、日本が、外人を迎えることがありとすれば、その功績を負わしめらるべきものもまた、捕鯨船のほかにはない。それは今日すでにかの国の扉口に近づいてすらいるのだ。 (…) ( 198 頁)

事実、この小説が刊行された 2 年後に、ペリーとその艦隊によって日本は開国させられている。ペリーの目的のなかでも大きなひとつが、アメリカ捕鯨船の寄港地確保であった。

疲れた。

メモ 2007 年 3 月 21 日

2008 年 2 月 15 日 金曜日

白鯨(上)『白鯨(上)メルヴィル 田中西二郎訳(新潮文庫)。

 (…) そしてこれらのものが、博大な頭脳、沈重な感性、超凡の体力の持主のうちに一つに結びついたとき、またかかる人が、北国では仰ぐこともできぬ無数の星座のもとなる絶海で、永い夜々の当直をするとき、その静寂と隔絶とのうちに、因襲を脱し、権威に頼らず思索する精神をやしない、あらゆる大自然の甘美な、また荒々しい印象をば、その自然がみずから進んで秘かに開き示す処女の胸からじかに受け取ることによって、さらにまた何かの偶然の事件がこれを助けて、大胆、遒勁、高邁な「言葉」を知ったとき――かかる人は全国民中の一人ともいうほどの人となり、崇高な悲劇の主人公たるにふさわしい偉大な劇中人物ともなるのだ。 (…) ( 145 頁)

これがこの作品のテーマだ。 19 世紀にこのテーマは無茶だと思うのだが、メルヴィルはやってしまう。

ビール 1 リットルといいちこの湯割り 1 杯。

メモ 2007 年 3 月 20 日

2008 年 2 月 12 日 火曜日

けっきょく朝の 5 時 30 分まで仕事。

いいちこの湯割り 3 杯でうたた寝。

8 時からまた仕事。

ビール 1 リットルといいちこの湯割り 1 杯。

メモ 2007 年 3 月 19 日

2008 年 2 月 12 日 火曜日

朝 7 時から仕事

日付が変わっても仕事。

メモ 2007 年 3 月 18 日

2008 年 2 月 12 日 火曜日

いいちこの湯割り3杯で朝寝。

休日出勤して、 11:00 から仕事。

馬券は買わず。

23:40 退社。

白鯨(上)『白鯨(上)メルヴィル 田中西二郎訳(新潮文庫)。

 (…) 彼は直接の救いを求めて泣きも喚きもしないのです。彼はこのおそろしい罰が正当であると感じているのです。 (…) ( 105 頁)

自分の行為をほんとうに後悔したとき、ひとはこうなる。経験から、私はそれがすこしだけわかる。

いいちこの湯割り2杯。

メモ 2007 年 3 月 17 日

2008 年 2 月 12 日 火曜日

息子の足の裏にささっていたとげが抜けたそうだ。正確には、とげじゃなくてシャープペンシルの芯だったらしい。とにかくよかった。

いいちこの湯割り 4 杯で朝寝。

妻と息子は、義姉と姪っ子といっしょにケロロの映画を見にいってる。

仕事の資料あつめに図書館へ。

馬券は 1 戦 1 敗で 10 万円のマイナス。

図書館で、息子がひとりで歩きたがる。「ぱぱ、そこでまっといて。うごかんといてよ」といってはひとりで歩いていく。まいごになるってば。

『新選組遺聞』子母澤寛(中公文庫)、読了。

「近藤勇の屍を掘る」に代表される当時のひとの談話というのは、やはり私の想像を超えている。

ビール 0.5 リットルといいちこの湯割り 4 杯

メモ 2007 年 3 月 16 日

2008 年 2 月 12 日 火曜日

入浴後でも、息子の足の裏にささったとげは、抜けなかった。

『吉川英治全集 40 私本太平記(一)』、読了。

入浴時に読むだけなので、 1 日数ページずつしか読み進まない。そういう条件で読んでいると、この作家の新聞小説の人気の理由がいくつかわかる。

ビール 0.85 リットルといいちこの湯割り 4 杯。

メモ 2007 年 3 月 15 日

2008 年 2 月 12 日 火曜日

自宅と会社とで書類の作成に 22 時間かけるも、終らず。

息子のかかとにとげが刺さってる。痛くて、つまさき歩きしかできないみたいだ。なかなかに太いとげなんだけど、頭が出ていないので、抜けない。明日ふろにはいったあとでなら、皮膚がふやけていて、抜けるかもしれない。

大岡昇平全集 16 『大岡昇平全集 16 』(筑摩書房)、読了。

 (…) 一方、漱石は真面目な生活をした人で、姦通などということはなかったのであるが、代助という主人公が、どれほど彼の家に依存していたか、家からお金をもらっているということはどういうことを意味するか、をはっきりつかんでいる( 335 頁)

自分の内部をみつめても自分というものはわからない。自分は関係性としてある。

いいちこの湯割り 3 杯。

メモ 2007 年 3 月 14 日

2008 年 2 月 12 日 火曜日

妻が義父にリクエストしたそうで、義父の家でふぐをいただく。息子は「おいしすぎっ、おいしすぎっ ! 」とさけびながらがつがつ食べてる。

大岡昇平全集 16 『大岡昇平全集 16 』(筑摩書房)。

 (…) エロチックな人間が、社会国家にかかわる問題に示す反応は当然偏っているが、感情的に正義感に燃えているのが常である。性的率直さというものは、しばしば正義感と結びつくからである。( 310 頁)

正義感とは道徳的な感情である。そして、現在の自分に直接的な利害関係のないことに「感情的に正義感に燃える」というのは、自己の欠乏感の外への投影であり、退行的な感情である。

ビール 1.5 リットルと いいちこの湯割り 4 杯

メモ 2007 年 3 月 13 日

2008 年 2 月 12 日 火曜日

司馬遼太郎が考えたこと エッセイ  1981.7 ~ 1983.5  1 『司馬遼太郎が考えたこと エッセイ 1953.10 ~ 1961.10 1 』司馬遼太郎(新潮社)、読了。

この巻では有馬の温泉旅館にたいしてがそうなのだが、対象にたいする批判をするとき、ふだんは自制している司馬が、嫌悪の情をはっきり出すときがある。『翔ぶが如く』での桐野に対してもそうだったと記憶するが、そういうとき、私は案外おもしろく読む。

いいちこの湯割り 7 杯

メモ 2007 年 3 月 12 日

2008 年 2 月 12 日 火曜日

画面の横線は、モニタじゃなくてグラボが原因っぽい。

大岡昇平全集 15 『大岡昇平全集 15 』(筑摩書房)、読了。

 (…) それは大正中期には、まだ大学出の男子に立身出世の道が残されていたからである。
 ところが私が大人になった昭和二年には、学校の教師のポストはいっぱいだし、就職難がはじまっていて、大学を出てもたいして出世の希望がなかった。 (…) ( 791 頁)

大学を出れば就職が保証されているという時代のほうが、おそらくは特異なのだろう。

いいちこの湯割り 6 杯。

メモ 2007 年 3 月 11 日

2008 年 2 月 12 日 火曜日

PC のモニタの故障か、画面の横方向に影が無数に走る。眼がちかちかしてしょうがない。

馬券は 2 戦 2 敗で 3 万円のマイナス。

テレビでやってる『のび太の恐竜 2006 』に息子が夢中になってる。おもしろいよね。 2006 がつかないやつは、私がはじめてひとりで見にいった映画だったんだよ。

ところで、ドラえもんの声優入れ替えは大成功だと思う。アニメ化前からの読者としては、大山のぶ代のあのガラガラ声は、どれだけ時間がたってもドラえもんの声とは思えなかった。ドラえもん、はじまったな。

大岡昇平全集 15 『大岡昇平全集 15 』(筑摩書房)。

 (…) 碁はだいたい性格の反対だということにきまっていれば、碁は実に簡単になるのである。おとなしい人間に向かうときは要心し、普段強がっている奴は、かさにかかってゆけば、つぶれるにきまっている。 (…) ( 596 頁)

碁を学ぼうかと思っている。

ビール 0.5 リットルといいちこの湯割り 4 杯。

メモ 2007 年 3 月 10 日

2008 年 2 月 11 日 月曜日

馬券は買わず。

大岡昇平全集 15 『大岡昇平全集 15 』(筑摩書房)。

 (…) 生い立ちから死までを書くのは、必ずしも叙事詩への復帰ではない。それは十八世紀末のブルジョア個人主義と共に生れた小説の型の一つであり、現代小説はその初発的活力を失って煩雑化しただけである。 (…) ( 50 頁)

「生い立ちから死まで」を描くのは、小説に活力を与えるものではなく、小説の起源の忘却である。

いいちこの湯割り 4 杯。

メモ 2007 年 3 月 9 日

2008 年 2 月 11 日 月曜日

『新選組遺聞』子母澤寛(中公文庫)、読了。

「実にどうも吃驚した。胸元を突抜いた時の響というものは大したもので、拙者も生きた人間の胴体をやったのはこれがはじめてだが、いや物凄いもんだ」 (…) ( 137 頁)

宝蔵院流の槍の使い手だった谷三十郎の談話。武道に打ち込んだ者が人間を斬ったり突いたりする音というのは、想像の外だ。たぶん、録音して音だけを聞かされても、なんの音かわからないだろう。

あと、芹沢鴨が唐銅の火鉢を一太刀で四五寸切り込んだというのもすごい話だ。人間業じゃない。

いいちこの湯割り 6 杯。

メモ 2007 年 3 月 8 日

2008 年 2 月 11 日 月曜日

『文章作法』本田顯彰(現代教養文庫)、読了。

心がけを説く系統の本である。こういう本を読んでも、文章はあまりうまくならないだろう。

ビール 1 リットルといいちこの湯割り 6 杯。

メモ 2007 年 3 月 7 日

2008 年 2 月 11 日 月曜日

ハムレット『ハムレット』シェイクスピア 福田恆存訳(新潮文庫)、読了。

(…) ガートルード、ガートルード、悲しみというやつは、いつもひとりではやってこない。かならず、あとから束になって押しよせてくるものだ。 (…) ( 142 頁)

まさに。

ビール 1.5 リットルといいちこの湯割り 2 杯。

メモ 2007 年 3 月 6 日

2008 年 2 月 11 日 月曜日

ハムレット『ハムレット』シェイクスピア 福田恆存訳(新潮文庫)。

ハムレット (…) おれにもわからない、「これだけはやってのけねば」と、ただ口さきだけで言い暮らしている自分の気持ちが。名分も、意志も、力も、手だても、みんな揃っているというのに… (…) ( 136 頁)

この新潮文庫版の解説で中村保男とかいう阿呆がハムレットについて「自由な人間として」などと書いているが、上記引用からも端的にわかるように、ハムレットには自由などかけらもない。

ハムレット (…) 来るべきものは、いま来なくとも、いずれは来る――いま来れば、あとには来ない――あとに来なければ、いま来るだけのこと――肝腎なのは覚悟だ。 (…) ( 185 頁)

メモ 2007 年 3 月 5 日

2008 年 2 月 11 日 月曜日

坂口安吾全集 01 『坂口安吾全集 01 』(筑摩書房)。

(…) 換言すれば、我々が未来として予想することは単に予想「セラレタ」ものなのである。「セラレタル」対象にすぎないのである。現在「意識シツツアル力」に「意識せられた」未来といふ一つの意識内容に止る。 (…) ( 6 頁)

「意識シツツアル力」は、常に現在であり、動きつづける。つまり、それを認識することはできない。なぜなら、認識したと思ったときには、それは停まってしまったのであり、すでに「意識セラレタルモノ」――つまり対象――となってしまっているからだ。

二十歳のころに発表されたこの小論での認識は、晩年まで変わっていない。

 従て「意識スル力」と意識の対象の外は何者もなく、意識する力は永遠に先に立ち意識対象は永遠に後に従ふといふことに過ぎない。( 8 頁)

ビール 0.5 リットルといいちこの湯割り 6 杯。

メモ 2007 年 3 月 4 日

2008 年 2 月 11 日 月曜日

馬券は 2 戦 2 敗で 2 万円のマイナス。

動物園へ。

「知」的放蕩論序説『「知」的放蕩論序説』蓮実重彦(河出書房新社)、読了。

蓮実 (…) 世界で、就職年齢がもっとも低いのは日本です。また、いわゆる社会人の学歴がこれほど低い国もありません。とりわけ官僚や私企業の管理職の学歴の低さは世界でも話題になっているほどです。 (…) ( 19 頁)

Ph.D. 取得者をテクノクラートとして採用するというようなことは、すでに官僚であるものたちがはばんでしまうだろう。

ビール 2.35 リットル。

メモ 2007 年 3 月 3 日

2008 年 2 月 11 日 月曜日

ビール 1.5 リットルで朝寝。

馬券は買わず。

ひな祭り。「けーき、おいしすぎる」。

一生競馬『一生競馬』河内洋 加賀谷修(ミデアム出版)、読了。

(…) なにしろ、翌年の阪神大賞典でスペシャルウィークに負けたときには「この馬にことしは全部もっていかれる」と思ったくらい力が違った。( 96 頁)

阪神大賞典でのメジロブライトとスペシャルウィークの着差は、わずか 0.1 秒。それでも、得意条件で力でねじふせられるという負けかたは、力の差を思い知らされる負けかただ。

見る立場からではわからないことが書いてある、一流騎手による良著である。

ビール 3 リットル。

メモ 2007 年 3 月 2 日

2008 年 2 月 11 日 月曜日

司馬遼太郎が考えたこと エッセイ  1981.7 ~ 1983.5  14 『司馬遼太郎が考えたこと エッセイ 1981.7 ~ 1983.5 14 』司馬遼太郎(新潮社)、読了。

 国語力を養う基本は、いかなる場合でも、
「文章語」にして語れ」
 ということである。 (…) ( 57 頁)

これは本質的には親の責任だろうな。ところで、この本にも収録されている「洪庵のたいまつ」と「二十一世紀に生きる君たちへ」との 2 編からなる『二十一世紀に生きる君たちへ』という本が売れているらしい。それぞれ小学 5 年と小学 6 年用の国語の教科書に採用された文章で、生きるために必要なもの(自然への尊敬・他者へのいたわり・確立された自己)について、簡明に語っている。それらのものを持つべきだと読者に教えると同時に、読者がそれを持てることを確信しているかのような口調だ。しかしもちろん、そのことにたいして悲観的な気持ちも司馬は持っていただろう。それでもなお明るさを保って語る姿勢がいい。

いいちこの湯割り 6 杯。